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めいそう日記Ver2〜Day256:統計学で知る自分(前編)


1. 瞑想小咄〜統計学で知る自分(前編)

この世にはわからないことがたくさんある。わからないことがあると、それについて調べたいと思うのが人間の性というものだ。特に現代にはインターネットがあり、検索をすればある程度の答えを手に入れることができる。その答えの真偽の程は確かではないけれど。

しかし、インターネットで検索してもなかなか答えが得難いものがある。それは何か。そのうちの一つが、自分自身ではないだろうか。

自分自身は、最も身近な存在であり、最もわからない存在でもある。自分のことなので、客観的に見つめることは難しく、かといって主観的に自分を眺めてみたところで、「自分とは何か」の答えを出すのは難しい。

わからないものには答えを求めたいと思うものだ。だからこそ発達したのが、占いというものなのだろう。占いにはいろいろな種類があるが、その中には統計学をもとにして作られたものがいくつかある。そのうちの一つが、古代中国で作られた算命学というものだった。

先日、友人に誘われて算命学の講座を受けることになった。算命学だとか四柱推命だとか、統計学に基づいたいろいろな占いがあるのは知っていた。しかし、細かくは知らなかったので今回学ぶことが多かった。

算命学は基本的に自分の誕生日に基づいて占う。そこから読み取ることができるのは、自分自身の性質や才能の他、家族や仕事、自分の恋人や結婚相手の傾向について、そして自分の子供についても。統計的に積み上げられた膨大な情報が、過去から現代にかけて残っているというのは、なんともすごいものだ。

早速自分について調べてみたところ、なるほどなぁと思うことが多々あった。まず、自分の性質として、「外国に縁がある人」とのことだった。これについてはものすごく納得する。確かに、人によっては縁がある人とない人がいる。私は前者の方であることは間違いない。まさに、統計的にばっちり合っていると言える。

さらに深く調べていき、自分の適職について見てみることにした。すると驚くべきことに、キーワードの一つに「旅行」があった。これにもまた驚いた。正直なところ、私はもともと旅行関係の仕事に就こうとは微塵も思っていなかった。ただ、成り行きで旅行関係の仕事に就くことになっただけで、自分の意思がどれくらい介在していたかというと、ほぼない。

旅行関係の仕事に就いたのも、何かのご縁なのかなと漠然と思ってはいたのだが、算命学上ではまさに統計的にばっちりハマっている形になる。私自身、社会のレールからドロップアウトした自覚はあったのだが、むしろもっと大きなスケールで考えると、もともとあったレールの上で生かされているのかもしれないと思ってしまう。

人生の大きな流れというのは、もしかしたら本人の意思とは全く異なる大きな部分で、何かしら決定しているのでは…なんて、そんなふうにも思える。不思議なものだ。

後編へ続く。

2. 今日の瞑想〜2024.4.18 Thu 6:40〜(15min)

木曜日の朝。昨晩は友人の送別会だった。それなりに楽しく飲んだものの、身体はそこそこ回復している。今日を一日頑張るべく、瞑想でもう一つ回復しよう。

今日の瞑想音楽はこれ。

姿勢を整えて座る。落ち着いて、意識は内側へ。静かな時間を過ごしていると、なんとなく夢現な感じになってきた。穏やかな時間が流れる。気がつけばあっという間に15分が過ぎていた。

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