#599 人生で一番怯えた夜
台風が来るたびに思い出す。
2019年10月の台風19号。
その当時、妻は病気療養のためにしばらく実家に帰っていて、僕は1歳になったばかりの息子と二人で暮らしていた。
外は嵐。近所を流れる浅川が氾濫するかもしれない警報が出ていた。当時の自宅は水害ハザードマップがオレンジ色(浸水区域0.5m以上3.0m未満)のエリアにあった。
気象庁の防災気象情報は、警戒レベルが4だったか5だったか、「いのちを守る行動を」と、NHKが伝えていた。
僕たち一家の状況を心配して、近所に住む妻の友人夫婦がわざわざ声をかけに来てくれた。
「一緒に避難所へ逃げよう」
ありがたい申し出だった。けれど、僕はそれを断ってしまった。
暴風雨の中、1歳息子を抱っこして外を歩くことが怖かった。おむつや離乳食、着替えといった外出グッズを、混乱の中準備するのがおっくうだったのもあったし、その荷物を背負い息子を抱えて移動する重さを考えたら、体が動かなかった。
車を持っていなかった。車を持ってたら高いところへ逃げることができると思ったけれど、持ってなかった。
家にとどまるのも安全だと思えなかった。住んでたメゾネットのアパートの1階に浸水しても2階に上がればいいや、ぐらいに思っていた。
その友人夫婦をはじめ、避難所へ向かう近隣の人の出がぞろぞろと増えていき、焦りと不安が募った。
避難所に移動するか家にとどまるか。どちらの方がいのちの危険が少ないか、天秤にかけても、判断がよくわからなかった。
結局、避難所には行かず、家で夜を過ごした。YouTubeで浅川の定点カメラの映像が配信されていた。水位が堤防の上近くにまで上がり、濁流が流れていた。
「もう逃げられない。」
怖くてPCを閉じた。息子を抱いて孤独と恐怖に怯えながら、嵐が過ぎ去るのを待ちつつ、寝た。
浅川は溢れた。すぐそばを走る国道のところまで水が流れて来た。けれどなんとか家には浸水しなかった。助かった。
わりと最近の記憶の中では、というか、これまでの人生でもっとも怖くて怯えた夜だった。
