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先端理論物理学とたとえ話し 第5話 シミュレーション仮説

先端理論物理学とたとえ話し 第5話
シミュレーション仮説:私たちは「計算」の中に住んでいるのか

そもそも「シミュレーション仮説」とは

本題に入る前に、少しだけ前提をそろえておきます。

私たちは普段、自分が生きているこの宇宙を「本物の現実」だと当たり前のように考えています。ところが、コンピュータの性能が将来さらに進歩すれば、宇宙全体をまるごと計算でシミュレートすることも理論上は可能になるかもしれない、という発想があります。そして、もしそんな高度な文明がすでにどこかに存在していて、実際にそうしたシミュレーションを行っているとしたら、そのシミュレートされた世界の「中」にいる知的存在は、自分たちが計算の中にいることに気づけないのではないか。だとすれば、私たち自身も、本物の宇宙にいるのではなく、誰かが作ったシミュレーションの中にいる可能性がある。これが「シミュレーション仮説」です。

哲学的な思考実験として語られることが多いですが、量子力学の性質(観測するまで状態が決まらない、情報が根本的な役割を果たす、など)と結びつけて、物理学の文脈で議論されることもある、最先端の話題の一つです。

今日のテーマ

シミュレーション仮説を支持する論者がよく挙げる論拠の一つに、こういうものがあります。もしどんな文明でも、いずれ宇宙をシミュレートできるほどの技術力を持つようになるなら、そうした文明は「本物の宇宙」を1つしか作りませんが、シミュレートされた宇宙は理論上いくらでも作れます。だとすると、確率的には、私たちが「本物」の宇宙にいるより、無数にあるシミュレートされた宇宙のどれか一つにいる可能性の方がずっと高い、という考え方です。

一方で、これに対する反論もあります。宇宙をまるごと矛盾なくシミュレートするには、シミュレートする側の文明が、シミュレート対象の宇宙そのものと同じかそれ以上の計算資源を持たなければならないのではないか、という指摘です。

たとえ話:ゲームの中のキャラクター

こんな状況を想像してみてください。

精巧に作られたオープンワールドのゲームがあり、その中には、天気が変わり、街の人々がそれぞれの生活を送り、季節が巡っていく、非常にリアルな世界が広がっています。もしこのゲームの中のキャラクターに、周りの世界を観察し、考える能力があったとしたら、そのキャラクターは自分の世界を「これが現実そのものだ」と信じて疑わないはずです。空を見上げれば空があり、石を落とせば重力に従って落ちる。ゲームの中のルール(プログラムされた物理法則)がそのキャラクターにとっての「自然法則」であり、それ以外の可能性を想像する手がかりはどこにもありません。

シミュレーション仮説が投げかけているのは、これと同じ問いです。私たちが「これが宇宙の真の姿だ」と思っている物理法則も、実はもっと大きな計算環境の中で走っている「プログラム」であり、私たち自身もそのゲームの中のキャラクターと同じ立場にいるのかもしれない、というわけです。

たとえ話が崩れるところ

このたとえ話にも限界があります。ゲームの中のキャラクターの例では、ゲームを作ったプログラマーやハードウェアが、キャラクターのいる世界の「外側」にはっきりと存在しています。しかしシミュレーション仮説が本当に主張しているのは、私たちにはその「外側」がどんなものなのか、原理的に知る手段がないかもしれない、という点です。ゲームのたとえは分かりやすい反面、「外側にプログラマーがいる」という構図を無意識に思い浮かべさせてしまいますが、シミュレーション仮説の核心はむしろ「外側があるのかどうかさえ、内側からは検証しようがない」という、もっと不確かな話です。

また、この仮説は現時点では検証も反証もできない、純粋な思考実験にとどまっています。宇宙がシミュレーションであることを示す決定的な物理的証拠は見つかっておらず、真剣な哲学的・物理学的議論の対象ではあるものの、確立した科学理論とは言えない段階にあります。

### まとめ

- シミュレーション仮説とは、私たちの宇宙が、より高度な文明によって作られた計算(シミュレーション)の中にある可能性を問う考え方
- ゲームのキャラクターのたとえは「内側にいる者には外側が見えない」という感覚をつかむには役立つが、「外側の存在自体が検証できるかどうか分からない」という核心までは表しきれない
- 現時点では検証も反証もできない思考実験の段階にあり、確立した物理理論ではない

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