【エッセイ】風呂またぎ
夜野霧 氏の記事を拝読し、共感の連続だったのでここで思いの丈を語らせて貰いたい。
まず、簡単な私の風呂経歴を。
産まれてから夫と同棲するまでの27年間は、大工の祖父が立てた防音性皆無の戸建てに設置された風呂を使っていた。
夫と同棲していた2年間は築50年のなかなか貫禄あるアパートの風呂を使っていた。こちらも防音性は皆無だ。
そして、結婚とともに戸建てを購入し引っ越し。ある程度の防音性のある風呂を手に入れ、現在に至る。
また、いずれも浴槽とシャワーの両方がついておりトイレは別の、いわゆる一般的なお風呂というやつであった。
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夜野氏の記事で共感した点で1番印象深かったフレーズはお風呂というのは『小分けを許さない』と言うものだ。確かに不可逆性が強い、一方通行の作業だし納得だった。
私は過去に裸族のような生活をしていたことがあるので、服を脱ぐことに対して抵抗はあまり無い。お湯に浸かるのも、浸かってしまえば大人しくなる。
だがしかし、ここからが腰が重い。身体が温まると、ぽあぽあとして眠くなる。眠いからこのまま寝てしまいたいのに今の自分は素っ裸。髪や身体は浸かった湯によって濡れ犬のようになっている。更には洗髪、洗体、身体の拭き上げという数多の工程が待ち構え、文字通り『濡れ犬を打つ』ような状況に直面するわけだ。これはいただけない。
実家に住んでいた頃から夫とのアパート暮らしまではこうなることが分かっていたから入らなかった。だが、今の恵まれた環境に置かれてからは、動画などを見れるようになり、動画を見ることを許される空間に誘われてホイホイ湯船に浸かり、素っ裸に立ち尽くす。まさしく夜野氏の述べている通りだった。
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今回の記事で『お風呂に対しての気持ち』を改めて見つめ直してみて、洗髪・洗体中の娯楽もあった方が良いと切に思った。
子供が産まれ、西松屋やアカチャンホンポなどの乳幼児用雑貨の販売店に行くようになり、『お風呂の玩具』と銘打たれた商品を見ると(そうだよな、健康だの衛生性だの理解できてない状態で入ることを強いられるんだから、娯楽がないとやってられないよな)と思いながら、どこか他人事のように眺めていた。
けれどもどうだ、これだけ入浴に葛藤している時分がいて、これらの玩具を見てみると、大人にも同じようにあってもいいんじゃないかと思えてくる。誰か『オトナホンポ』でも起業して、作ってくれないだろうか。
