【エッセイ:第13回】🎒 我が子を通してよみがえる記憶
🌸 第3章 親として、教師として
―― 教育・子育ての現場で出会った「人間らしさ」の記録 ――
🕊️ はじめに
今日から、第3章に入ります。
教師として、そして親として。
日々、子どもたちの成長を見守るなかで、ふと「自分自身の過去」と向き合う瞬間があります。
入学式や卒業式という節目の場は、そんな記憶を静かに呼び覚まし、
「人間とは、成長とは何か」をあらためて考えさせてくれる——。
この章では、教育と子育ての現場で感じた“人間らしさ”の記録を綴ります。
🎒 我が子を通してよみがえる記憶
子どもの入学式や卒業式に親として参列すると、
まるで自分の子ども時代を追体験しているような感覚に包まれます。
昭和の八ミリカメラで我が子を追うように、
忘れかけていた記憶の断片が一気によみがえる瞬間。
まるで、我が子を通して「もう一度人生を生きている」ような不思議な感覚です。
✨ 親子二代の「誓いの言葉」
中学1年生による「誓いの言葉」が始まったとき、
ふと、私自身が同じ場に立った記憶がよみがえりました。
親子二代で偶然にも同じ役を務めたその日。
我が子は私よりも落ち着いた表情で堂々とスピーチを終え、
その姿に誇らしさが胸いっぱいに広がりました。
🌼 節目ごとに変わる「空気」
保育園・小学校・中学校・高校——
それぞれの式には、まったく異なる“空気”があります。
👶 保育園の入園式は、やさしさに包まれた世界。
「お・ね・が・い・しまーす!」と精いっぱい声を張る姿に、思わず笑みがこぼれます。
🏫 小学校の入学式では、6年生と手をつなぎ入場する姿がほほえましく、
5年後の成長を思い描きながら、あたたかな気持ちで見守ります。
🎓 中学校の入学式では、幼さが残りながらも、
「大人になる準備」が始まるような引き締まった空気が漂います。
🏫 高校の入学式では、希望と緊張が入り混じる中、
制服姿の子どもたちが少し背伸びをして、新たな人生の扉を開く。
校長先生や生徒代表の言葉を聞きながら、自分自身の高校時代が静かによみがえります。
💭 時間の重さを感じる瞬間
そして迎える卒業式。
入学式とはまったく違う感情が胸を満たします。
証書を受け取る姿、友人と交わす視線、先生への深い一礼。
退場時のそっと流れる涙——
その一つひとつに、三年間の積み重ねが凝縮されていました。
この瞬間、私は「親」ではなく「一人の人間」として、
“時間”の重さを実感します。
入学から卒業までの道のりには、出会いと別れ、葛藤と成長、
数えきれないほどの「人間ドラマ」が詰まっているのです。
🌸 人生の通過儀礼としての式典
入学式と卒業式は、単なる学校行事ではありません。
そこには「人生の節目」があり、
親と子、それぞれが自らの歩みを確かめる時間があります。
我が子の成長に寄り添いながら、
自分自身の過去と未来を見つめ直す——。
それは、人生を静かに見つめ直すための大切な機会です。
入学式と卒業式は、まさに人生における大切な「通過儀礼」。
そのひとつひとつに、人としての成長の軌跡が刻まれています。 🌿
📖 あとがき
こうして子どもの成長に寄り添いながら、「学ぶとは」「育てるとは」という問いが、親として、そして教師として私の中で深まっていきました。
その問いの延長線上に、私の拙著📚『日本の英語教育のゆくえ』(幻冬舎)
があります。
教育をめぐる現場の声、そしてこれからの学びのあり方を一緒に考えていただけたら嬉しいです。
✍️ 次回予告:「第14回:誕生日の力 〜ふと立ち止まる日〜」
をお届けします。毎週水曜日更新です。ご期待ください。
全エッセイの目次はこちらです。
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