【比較神話】肝を忘れた
【序】
嘘には、二つの種類がある。
騙す嘘と、逃げる嘘。
前に見た「ワニを渡る」話を覚えているだろうか。兎や鹿や猿が、ワニを騙して背中を渡った話。あれは「騙す嘘」だった。自分の目的のために、相手を利用する嘘。
今夜の話は違う。
「逃げる嘘」の話だ。
捕まってしまった。殺されそうになった。そのとき、咄嗟についた嘘。「私の心臓は、ここにはない。木の上に置いてきた」。
馬鹿げた嘘だ。心臓が体の外にあるわけがない。でも、相手は信じた。そして、逃げることができた。
この話は、インドにある。アフリカにある。東南アジアにある。そして日本にもある。
日本では、この話に続きがある。
騙された者が罰を受ける。骨を抜かれて、ぐにゃぐにゃになる。
そう、クラゲの話だ。
◇ ◇ ◇
【一】インドの夜――猿とワニの話
ここはガンジス川のほとり。僧侶が修行僧たちに語りかける。
「今夜もジャータカの話をしましょう。猿とワニの話を」
「前に少し出てきた話ですね」
「そうです。あのとき詳しく語らなかった部分を、今夜は語りましょう」
僧侶は穏やかに語り始める。
「昔々、菩薩が猿として生まれていた頃の話です。猿は大きな川の中洲に住み、岸辺の木に実るジャンブーの果実を食べていました。毎日、熟れた実を川に落としていました」
「川に落として、どうするのです」
「川下に住むワニが、それを食べていたのです。ワニは毎日流れてくる甘い果実を楽しみにしていました。やがてワニは思いました。『こんなに美味い果実を食べている猿の心臓は、さぞかし美味いだろう』と」
修行僧たちが顔を見合わせる。
「ワニの妻も同じことを考えました。いえ、妻の方がもっと強く望みました。『猿の心臓が食べたい。持ってきておくれ』と夫にせがんだのです」
「ワニは猿を騙した?」
「そうです。ワニは中洲へ泳いでいき、猿に言いました。『向こう岸にもっと美味しい果実がある。私の背中に乗りなさい。連れていってあげよう』」
僧侶は指を立てる。
「猿は喜んで背中に乗りました。ところが川の真ん中まで来たとき、ワニは水に潜ろうとした。猿は驚いて尋ねました。『何をするのだ』」
「ワニは白状した?」
「しました。『お前の心臓が欲しいのだ。妻が食べたがっている』と」
僧侶の声が静かになる。
「さて、猿はどうしたでしょう。川の真ん中、泳げない猿、下にはワニ。絶体絶命です」
「逃げられない……」
「普通なら逃げられません。でも、菩薩は知恵がありました。猿はこう言ったのです。『ああ、心臓か。それなら早く言ってくれればよかったのに。心臓は木の上に干してあるのだ。取りに戻ろう』」
修行僧たちが目を見開く。
「ワニは信じたのですか」
「信じたのです。欲に目がくらんだ者は、どんな馬鹿げた話も信じてしまう。ワニは猿を中洲に連れ戻しました」
「それで?」
「猿は木に飛び移るやいなや、高い枝に登って言いました。『愚か者め! 心臓が体の外にあるわけないだろう! お前は二度と私を騙せないぞ!』」
僧侶は静かに締めくくる。
「このジャータカが教えるのは、知恵の力です。そして、欲深い者は簡単に騙されるということです」
◇ ◇ ◇
【二】アフリカの夜――兎とワニの話
ここは東アフリカ、スワヒリの海岸。漁師が子供たちに語りかける。
「今夜はスングラ(兎)の話をしよう。兎がワニを騙した話を」
「スングラ! あの賢い兎!」
「そうだ。スングラはとても賢い。どんな敵からも逃げおおせる」
漁師は砂に絵を描きながら話す。
「昔々、海の王様の娘が病気になった。薬師が言った。『兎の心臓を食べれば治る』と。王様はワニを呼んで命じた。『陸に行って兎を連れてこい』」
「ワニは陸に上がったの?」
「上がったとも。そしてスングラを見つけて言った。『海の王様がお前を招待している。宴があるのだ。私の背中に乗りなさい』」
漁師は手振りを交えて語る。
「スングラは喜んで乗った。ところが海の真ん中で、ワニは本当のことを話した。『実は王様の娘が病気でな。お前の心臓が薬なのだ』」
「スングラはどうした?」
「慌てたふりをして言った。『ああ、心臓か! それなら早く言ってくれ! 心臓は家に置いてきたのだ! 取りに戻ろう!』」
子供たちが笑う。
「ワニは信じて浜に戻った。スングラは砂浜に降りるやいなや、藪の中に飛び込んで叫んだ。『馬鹿め! 心臓が体の外にあるか! 二度と会うことはないぞ!』」
「ワニは怒った?」
「怒ったとも。でも、もう遅い。スングラは逃げてしまった。王様の娘は結局治らなかったそうだ」
漁師は子供たちを見回す。
「覚えておけ。知恵があれば、力のある敵からも逃げられる。でも、嘘をついた相手は、いつか仕返しを狙っている。スングラも気をつけなければならない」
◇ ◇ ◇
【三】お話の旅
さて、ここで少し立ち止まろう。
今、私たちは二つの夜を旅してきた。インドの夜。アフリカの夜。
驚くほど似ていなかっただろうか?
・誰かが猿(または兎)の心臓を欲しがる
・ワニが騙して連れ出す
・途中で本当のことを知らされる
・「心臓は家(木の上)に置いてきた」と嘘をつく
・ワニは信じて戻る
・猿(兎)は逃げる
「心臓は体の外に置いてきた」という、あの馬鹿げた嘘。
あれを、インドの人も、アフリカの人も、同じように思いついたのだろうか。それとも、どこかで誰かが最初に語り、それが広まったのだろうか。
インドのジャータカは古い。紀元前にはすでに語られていたという。そこから仏教とともに東へ広まり、アフリカへはインド洋交易とともに伝わったのかもしれない。
そして、この話は日本にも届いている。
ただし、日本の話には続きがある。
騙された者が、罰を受ける話が。
◇ ◇ ◇
【四】日本の夜――猿の生き肝
ここは海辺の村。おばあさんが孫たちに語りかける。
「今夜はクラゲの話をしようかね。なぜクラゲには骨がないか、知っているかい?」
「知らない。なんで?」
「それはね、昔々、龍宮で関りがあったからさ」
◆
昔々、海の底に龍宮があった。
龍宮には乙姫様がいた。美しく優しい姫だったが、あるとき重い病にかかった。
医者が言った。
「この病を治すには、猿の生き肝が必要です」
乙姫様の父、海神様は困った。猿は陸の生き物。海の者には手が出せない。
そこで家来たちに言った。
「誰か、陸に行って猿を連れてこられる者はおらぬか」
◆
名乗り出たのはクラゲだった。
当時のクラゲは、今とは姿が違った。立派な骨があり、手足があり、しっかりした体をしていた。
「私が行ってまいります」
クラゲは陸に上がり、猿を見つけた。
「猿さん、猿さん。龍宮の乙姫様があなたを宴に招きたいとおっしゃっています。私の背中に乗ってください」
猿は喜んだ。龍宮の宴に呼ばれるなんて、名誉なことだ。
猿はクラゲの背中に乗り、海の中へ入っていった。
◆
ところがクラゲは、お喋りだった。
海の中を進みながら、猿に言ってしまった。
「いやあ、あなたの肝があれば、乙姫様の病が治るのです。お役に立てて光栄でしょう」
猿は驚いた。肝を取られる? それは死ぬということだ。
しかし猿は賢かった。慌てたふりをして言った。
「ああ、肝ですか! それは困った。肝なら今日は持ってきていないのです」
「持ってきていない?」
「ええ。重いものですから、いつもは木の上に干して置いてあるのです。取りに戻りましょう」
クラゲは信じた。そうか、肝は木の上にあるのか。
クラゲは猿を浜辺に連れ戻した。
◆
砂浜に降りた猿は、近くの木にするすると登った。
高い枝の上から、猿は叫んだ。
「馬鹿め! 肝が体の外にあるわけないだろう! お前は大馬鹿者だ!」
クラゲは呆然とした。騙された。
猿は木の上で腹を抱えて笑い、森の奥へ消えていった。
◆
クラゲは龍宮に戻らなければならなかった。
猿の肝なしで。
海神様は激怒した。
「お前は余計なことを喋って、猿に逃げられたのか! しかも騙されて帰ってきたのか!」
海神様は命じた。
「この愚か者の骨を抜いてしまえ!」
家来たちがクラゲを取り押さえ、骨を一本残らず抜いてしまった。
それ以来、クラゲには骨がない。
ぐにゃぐにゃと海を漂うばかり。
あの日の罰を、今も受け続けている。
◇ ◇ ◇
【五】重なり合う物語
さて、お気づきだろうか。
日本の話が、インドやアフリカの話と重なり合っているのを。
インドのジャータカ。
――ワニの妻が猿の心臓を欲しがる。ワニが騙して連れ出す。「心臓は木に置いてある」と嘘をついて逃げる。
アフリカのスングラ。
――海の王の娘が病気。兎の心臓が薬。ワニが連れ出す。「心臓は家に置いてある」と嘘をついて逃げる。
日本のクラゲと猿。
――龍宮の乙姫が病気。猿の生き肝が薬。クラゲが連れ出す。「肝は木に干してある」と嘘をついて逃げる。
構造は同じだ。
・誰かが病気で、心臓(肝)が薬になる
・水の生き物が騙して連れ出す
・「心臓(肝)は体の外にある」と嘘をつく
・騙されて戻る
・逃げられる
これが偶然の一致だろうか。
おそらく違う。
「心臓は木の上に置いてある」という、あの馬鹿げた嘘。あまりにも具体的で、あまりにも奇抜だ。別々の場所で別々の人が独立に思いついたとは考えにくい。
この話は、どこかで生まれ、伝わってきたのだ。
インドから東南アジアへ、そして日本へ。
インドからアフリカへ。
何千年もかけて、何千キロも旅をして。
◇ ◇ ◇
【六】日本だけの続き
しかし、日本の話には続きがある。
インドでもアフリカでも、話は「猿が逃げた」で終わる。騙されたワニは悔しがるが、それだけだ。
日本では違う。
騙されたクラゲは、罰を受ける。骨を抜かれる。
そしてこの罰が、「なぜクラゲには骨がないか」という説明になっている。
これを「起源譚」という。動物の姿かたちや習性の由来を説明する物語。
日本人は、この話を受け取ったとき、新しい要素を加えた。「それでクラゲは骨がないのだ」という結末を。
外から来た物語に、日本独自の味付けをした。
物語は、伝わるだけではない。伝わった先で、育つのだ。
◇ ◇ ◇
【終】馬鹿げた嘘の旅
なぜ人は、この話を語り継いできたのだろう。
「心臓は木の上に置いてある」。
冷静に考えれば、誰も信じないような嘘だ。心臓が体の外にあるわけがない。でも、物語の中では、その嘘が通じる。欲に目がくらんだワニやクラゲは、信じてしまう。
たぶん、この話が教えているのは、知恵の力だ。
力では敵わない相手でも、知恵があれば逃げられる。追い詰められても、頭を使えば道は開ける。
そしてもう一つ。欲深い者は騙されやすい、ということ。
ワニは猿の心臓が欲しかった。クラゲは手柄を立てたかった。その欲が、判断力を鈍らせた。馬鹿げた嘘を、本当だと思い込んでしまった。
インドの人も、アフリカの人も、日本の人も、同じことを考えたのだろう。知恵は大切だ。欲は人を盲目にする。
その教訓が、物語の形をとって、海を渡り、時代を超え、伝わってきた。
今夜、眠りにつく前に、思い出してほしい。
馬鹿げた嘘が、世界を旅したことを。
インドの川から、アフリカの海から、日本の龍宮から、同じ嘘が聞こえてくることを。
「心臓は、木の上に置いてきた」
その嘘を聞いて、世界中の子供たちが笑ってきた。何千年も。
あなたも、その子供たちの一人だ。
おやすみなさい。
よい夢を。
(了)
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【解説編】へ続く
本編で語られた各地の神話と、日本神話との学術的な対応関係、
一次資料からの引用、研究者による異論、参考文献については、
解説編をご参照ください。
