🇫🇷フランスの国宝級ロベール.カザドシュは天然無調色真珠でギリシャの天才!セルとの微笑みが海から流れて来る🇫🇷


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ロベール.カザドシュのモーツァルトは大変 素晴らしい。

モーツァルトピアノ協奏曲第20番 , 21番, 23番, 26番, 27番, は 指揮者 ジョージ.セルとの組合せにより、素晴らしい名演奏を残している。

21番, 27番は クリーヴランド管弦楽団、20番, 23番 , 26番は コはふロンビア交響楽団である。

カザドシュは 最もスタイリッシュで洗練された人であり、特にフランス近代曲とモーツァルトの美しさは なかなかのもの。

1899年パリ郊外の音楽家の家に生まれ、10歳の時にパリ音楽院に入学している。13歳で フランス第一の名教授ルイ.ディエメに学び、14歳で同学院を1等賞で卒業後、1920年ディエメ賞を受賞。
トスカニーニ指揮 NYフィル演奏会でブラームスの協奏曲第2番を弾き、アメリカで不動の名声を確立する。
第二次世界大戦中は 戦禍を逃れてアメリカに止まり、近代フランスピアノ界の最高の音楽家とされた。戦後は直ちにパリへと戻り、作曲にも才能をあらわし、40を越える作品を発表している。

フランスの作家 アンドレ.モーロアは、カザドシュを次の様に讃えている。
“昔のギリシャの天才にあやかる、真にフランス的な偉大な芸術家”
であると。

粒立ちの良い エレガントでアコヤ真珠の様な輝きは、ちょうど何も加工が施されてはいない “無調色の天然色” 、“ナチュラル” であり、宝石業社が最も手に入れたがる品質の物と同じであろうと思われる。
よく “粒立ちが良い” とか、真珠に例えて ピアニストの事をライトナーノーツでは昔から説明しているが、あれは 「真珠の事を全く正しく何も分かってはいない “男性評論家” の意見」であり、真珠にも「調色加工が施された人工的な偽物の輝き」の物と、「一切の調色無しの天然 .ナチュラル」の物とでは、価値や値段が丸っきり違って来る。

何も分かっていない拘りの無い人間は、人工的に調色加工が施された安い真珠を 何も知らずに有り難がって買ってゆく。
でも、そんなしろものは、直ぐに汗や水で退色や劣化が起こってしまう。

又 アコヤ真珠と南洋真珠とは全く違うものでもある。
ここで言う ピアノの音質の粒立ちの良さというものは、あきらかにアコヤ貝の真珠の事である。
ピアノの粒立ちの良さで 南洋真珠はあり得ない。

でもカザドシュの演奏は その様な事は決してない。
何故なら、天然のナチュラルのアコヤ貝であるからだ。
“怪しい薬剤” を使っての調色加工が施された ピンク色が強い粒立ちの良さは、直ぐに色褪せ 飽きてしまう。その演奏は “誤魔化し” であり、本物ではないからだ。

セルとの厳しくも、たくましくも、切なくも、暖かくもある、この演奏は、“長年において 海水の中で母貝の中に核を押し込まれた永遠の輝き” であり、今の時代においても忘れ去られる事は決して無いものと思っている。

セルとグリーヴランド管弦楽団、そして コロンビア交響楽団との名演奏は 小細工無しのナチュラルな永遠の輝きなのである。

そして 演奏を選ぶ時も 真珠を選ぶ時と同じである事は 忘れて欲しくはない。

“真珠は全て美しいもの…..とは言い切れない事” を頭で理解しておくべきである。

真珠にも、美しいものと、そうではないものが混在して店頭には並んでいる。

レコードを選ぶ際において、粒立ちの良さを言うのであれば、是非 本物の無調色 天然ナチュラルの真珠を 一度見ておくべきである。

今 世界中で 日本の真珠が引っ張りだこであり、ヨーロッパの貴族社会の一部、“デヴュタント” の時に選ばれる宝飾品として、ハリー・ウィンストンやショパール等と並び、日本の真珠が選ばれる事も少なくはない。
それは、日本の真珠が手間暇かけられて、非常に丁寧に作られている事が海外の社交界に於いて ハッキリと認められているからである。海外ブランドだけが 宝飾品では決してない。

それを顕著に物語っているのが、日本のミキモトの海外での高い評価である。

音楽の楽しみ方についてであるが、単に音楽を聴くのみに終わらず、出来れば 色々な素晴らしいものを目でよく見て、よく においもかいで、体験してみる方が良いと思っている。

カザドシュもセルも 今の時代、もう いらっしゃらない。

日本のミキモトが海外で絶大な支持を集める様になった現在、
真珠の美しさを通して、又  “別の角度” からカザドシュを語る事が出来るのである。

「粒立ちの良い音」と言ったところで、一度も本物のナチュラル天然物真珠を見た事の無い人の考える ピアノの音質の粒立ちの良さと、見て来た人の言う粒立ちとは、多分  どこか、“ピントがズレて” いて、又 違うものだと思っている。

もし、今後 ライナーノーツに書くのであれば、“何も加工が施されてはいない無調色の天然.ナチュラルの輝きを持つ真珠の様な粒立ちの良さ” という表現の方が、しっくりと来るというものである。

今では もう あまりカザドシュの事を語る人も少なくなって来た。

この事は 大変 悲しい事だと思っている。

美しい本物の天然無調色ナチュラル真珠の粒立ちの良さとは、こういう “控え目な音色” の事を指すのものである。

その事を 決して忘れないで欲しいと思っている。⚜️


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