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【短編小説】ゆりいすの夢

 幼い頃から病弱な私でした。

 外を駆け回ったこともなければ、友達と遊んだこともありませんでした。子どもたちが、わあわあと遊んでいるのを、二階の病室の窓から見下ろすだけ。雪の日なんて、雪遊びをする子たちを眺めて、何度うらやましいと思ったことか……。
 
 ときどき、お父さんとお母さんが、お見舞いに来てくれますが、いつも、少し経ったら、すぐに帰ってしまいます。大好きなお兄ちゃんは、二年前に戦争へ行ったきり、ずっと帰ってきません。


「お兄ちゃんがいてくれたらなぁ」

 それが私の口癖でした。

 お兄ちゃんは、毎日私に会いに来て、絵を描いてみせてくれました。それは、かわいらしいデージーの花だったり、青い大海原だったり……。私はお兄ちゃんの描く絵を、いつも楽しみに待っていました。そして、お兄ちゃんの絵の世界の中へ、行ってみたいと思いました。

 
 お兄ちゃんがいない毎日は、つまらない、退屈なものでした。

 
 そんなある日の夜、私に、大きな贈り物が届いたのです。

「まあ、ゆりいすだわ!」

 私は、目を輝かせて、看護婦さんにたずねました。

「ねえ、すわってみてもいい?」

「ええ。でも、少しだけですよ」

 私は、胸を高鳴らせ、窓辺に置いたゆりいすに、そっと、腰かけてみました。そうして、ゆっくりとゆらしてみると、しだいに、心地よくなって、ウトウトしてきました。

「今夜はここで寝てもいい?」

「何を言っているのです、いけないに決まっているでしょう。ベッドでなくては、ぐっすり眠れませんもの」

「だけど、とっても寝心地がいいのよ」

「だめなものはだめです。さあ、そろそろベッドへ戻りなさい。もう夜遅いのだから」

「はぁい……」

 布団をかぶると、私はもうひとつ、看護婦さんに聞きました。

「そういえば、このゆりいす、どちらさまから届いたものなの?」

「それがね、差出人の名前が、どこにも見当たらないのですよ」

「そうなの。ふしぎね……」

「はぁ、きっと、親戚の誰かが、名前を書き忘れたのでしょう。じゃあね、おやすみなさい」

 そう言って、看護婦さんは、電気を消すと、病室を後にしました。


 次の日の晩。なんと、今度は、雪の結晶の柄のひざかけが、差出人不明で届きました。
 
 私は、どうしても、ゆりいすにすわって、ひざかけをかけて、眠ってみたいと思いました。

 そこで、看護婦さんが、いつものように、電気を消して、病室を後にしたあと、こっそりベッドを抜け出して、ゆりいすに もたれてみました。そうして、雪柄のひざかけを広げ、ふわりとひざにのせて、そっと、瞳を閉じてみました。

 気づけば、私は、雪が降り積もった丘の上に立ちつくしていました。 

 ちっとも寒くはないし、苦しくもありません。これは夢なのだと、すぐにわかりました。

 周りは一面、静かでまっさらな銀世界。雪の一粒一粒が、銀色に、チカチカと光っています。それは、まるで、夜空の星々が、地上に舞い降りてきたのではないかと思うほど、美しいものでした。青い空は、雲ひとつなく澄みきっていて、少し冷たい清い風が、雪を、時折、ひらひらと、宙に舞わせていました。

 試しに、雪の上を、サクサクと踏みしめ、そして、駆けてみました。

 ああ、走れる……!窓から見た、あの子たちのように、自由に動ける!

 嬉しさのあまり、私は、ぴょんぴょん飛び跳ね、思わず、歓声をあげてしまいました。

 そうして、私は、心ゆくまで、雪で遊びました。雪をぱらぱらと投げたり、中にうもれてみたり、雪だるまをつくったり……。

 けれど、しばらく経つと、ふと、さみしくなってしまいました。ひとりぽっちで、どこか物足りないような気がしてきたのです。

 もっと遠くへゆけば、誰かに会えるかもしれない———。

そう思い、駆け出そうとしたとき……


「ここで寝てはいけないと、あれほど言ったのに」

「ん……あ、あれっ……?」

 看護婦さんに起こされて、目を覚ますと、そこは、深夜の病室でした。薬のツンとしたにおいが、鼻の奥に刺さりました。

「ほらほら、早くベッドへ戻って。このひざかけも、布団の上から、かけてあげますからね」

「はぁい……」

 雪の夢の続きを、ベッドで見ることはできませんでした。ゆりいすにすわって、ひざかけをかけなければ、ふしぎな夢を見ることはできないのでしょう。

 
 その次の晩も、贈り物は届きました。今度は、デージー柄のひざかけです。相変わらず、差出人はわかりません。

 そうしてやはり、私は、またしても言いつけを破り、デージー模様のひざかけをかけて、ゆりいすで眠ってしまいました。

 すると、今度は、青空の下、見渡すかぎり、デージーが咲き乱れる丘。すがすがしい南風に吹かれ、一面のデージーは、さらさらとゆれていました。

 昔お兄ちゃんが描いてくれた絵を思い出して、私は思わず、花畑の中を跳ね回ってしまいました。

 真っ白な、かわいらしい花を、たくさん摘んで、花束にしようかしら。それとも、前に読んだ絵本に出てきたように、大きなリースにして、頭に飾ろうかしら……。

 でも、やっぱり、ひとりだとさみしいな。誰かとおしゃべりしながら作れたら、どんなに楽しいことでしょう……。

 そんなことを考えながら、花を摘んでいると、私は、ふと、遠くから、声がしたような気がしました。声のする方を見ると、サファイアのように青く光り輝く海が、小さく見えました。

「誰か、海にいるひとが、私を呼んでいるのだわ……!」

 デージーを腕いっぱいに抱えて、私は、丘を駆け下り、海へ向かって、一心に走りました。

 海へ近づくにつれて、声が、はっきりと聞こえてきます。

「おいで、おいで、こっちへおいで」

「待ってて、待ってて、今行くから!」

 ですが、とうとう私は、海へたどり着くことはできませんでした。またしても、看護婦さんに起こされてしまったのです。

 次にゆりいすで寝たら、ゆりいすを処分すると叱られ、肩を落としていると、ドアの近くに、もうひとつ、贈り物が置かれていることに気が付きました。

 ああ、それは、夢で見た海の色のひざかけでした。

 これをかけて寝れば、きっと、海へ行けるのだわ……!

 私は、胸の高鳴りをおさえきれませんでした。

 看護婦さんの足音が遠くなった頃、私は、海の色のひざかけをかけて、もう一度、ゆりいすで、眠りにつきました。

 
 気がついたとき、私は、夜の海の水面の上に立っていました。

 サアア、サアアと、しおさいの音が聞こえます。髪が、潮のにおいのする、冷たい風になびいています。

 遠く彼方に、人影が見えます。

「きっと、あのひとだわ、あのひとが私を呼んでいるのだわ」

 私は、彼に向かって、水面の上を駆け抜けました。そうして、私は目を見開きました。

「お兄ちゃん!私をずっと呼んでいたのは、お兄ちゃんだったのね……!」

 そう、そこで待っていたのは、兵隊姿のお兄ちゃんでした。

 そうすると、今までの謎が、少しずつ、解けてゆきました。

「贈り物をくれたのも、幸せな夢を見せてくれたのも、ぜんぶ、ぜんぶ、お兄ちゃんだったのね……」

 お兄ちゃんはうなずいて、笑みを浮かべました。私は、思わず、お兄ちゃんの胸の中に飛び込んで、今までの出来事を、すべて語りあかしました。

 
 気がづくと、地平線が、真っ赤に燃えていて、たちまち、白い光が放たれました。

「さあ、ゆこう。青い空へ、いっしょに飛んでゆこう」

「ゆきましょう。お兄ちゃんとなら、どこまでも行けるような気がするわ」

 私たちは、明るくなり始めた空へ、ともに舞い上がりました。


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