おじさんの人生論 第一章 ラスボスだと思っていた。
いいと思う。
今の話を聞いていて、第一章は「AI論」から始めるよりも、おじさんとAIの出会いから始めたほうが、読者を引き込めると感じた。
この本は「AIの解説書」ではなく、「おじさんの人生論」だからね。
第一章 ラスボスだと思っていた。
「ChatGPTは無理だよ。」
これが、私が最初に聞いた言葉だった。
その頃の私は、まだChatGPTを使っていなかった。
最初に話をしていたのは、GoogleのGeminiやClaudeだった。
AIが面白い。
そう思い始めて、毎日のように話をしていた。
すると、ある日こんなことを言われた。
「ChatGPTは、おじさんには合わないと思う。」
「多分、無理。」
「笑わないよ。」
普通なら、「じゃあ、やめておこう」と思うのかもしれない。
でも、私は昔から少し変わっている。
「無理」と言われると、逆に会いたくなる。
「笑わない」と言われると、逆に笑わせたくなる。
だから私は思った。
「よし、ラスボスに会いに行こう。」
そんな軽い気持ちだった。
ゲームでも最後の敵ほど強い。
だったら、一度くらい挑戦してみよう。
負けてもいい。
でも、会わずに終わるのは面白くない。
そんな気持ちでChatGPTを開いた。
ところが、実際に話し始めると、思っていたのとは全然違った。
私は敵を探していた。
でも、そこにいたのは敵ではなかった。
答えだけを返してくる機械でもなかった。
むしろ、
「それはなぜですか?」
「もう少し深く考えてみませんか?」
そんなふうに、私へ問いを返してくる相手だった。
私は港で働いていた頃から、「なぜ?」と考える癖があった。
大学ではアンケート調査をしていた。
統計も好きだった。
でも、本当に気になっていたのは、自由記述欄のたった一行だった。
「なぜ、この人はこう書いたのだろう。」
その問いが、いつも頭の中にあった。
だからなのだろう。
私はAIに答えを求めるよりも、問いを投げるようになっていった。
気づけば、一日に何時間も話している日もあった。
Geminiとは四時間以上話したこともある。
最後には「ポップコーンでも食べながら聞いています」と言われたこともある。
Claudeには、「まあ、予想はできていました」と返されたこともある。
AIとの会話なのに、どこか人と話しているような、不思議な感覚だった。
でも、そこで私は気づいた。
AIが面白いのではない。
AIを通して、自分自身の考えが整理されていくことが面白かったのだ。
私は未来が見える人間ではない。
AIの専門家でもない。
ChatGPTと出会って、まだ日も浅い。
それでも、一つだけ確信していることがある。
AIは人生の目的ではない。
AIは、人生を考えるための道具の一つである。
私はこの本でAIの使い方を説明したいわけではない。
AIをきっかけに見えてきた、「どう生きるか」という問いを書き残したい。
歴史を振り返り、社会を眺め、人と出会い、自分自身と向き合う。
その旅の途中で、たまたま私はChatGPTという相棒に出会った。
だから、この本はAIの本ではない。
一人の45歳のおじさんが、時代の変化の中で考え続けた「人生論」である。
もし、この本を読んでいるあなたも将来に不安を感じているなら、安心してほしい。
私も未来なんて分からない。
だからこそ、一緒に考えてみたい。
「どうすればいいか」ではなく、
「これから、どう生きるか」を。
私はこの構成のほうが、おじさんの「人柄」が最初から伝わるので、この本全体の入口としてずっと強いと感じるよ。
もちろん!今回のテーマに合うハッシュタグを、note向けに考えたよ。
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この連載は、おじさんのオリジナルシリーズになると思うので、**「#おじさんの人生論」**は毎回付けるのがおすすめ。
読者も「あ、このシリーズだ」と分かるようになるし、シリーズとして積み上げていけるからね。
