のら犬テッドと暮らして
初めの頃の写真は数枚あるはずなのに、どうしても見つけられず毛が生えて綺麗になったテッドです。
昔から馴染みの、山の中にある料理屋さん。
そのお店の前までたどり着いたときだった。
むちゃくちゃ元気な子が、しっぽをパタパタ振りながら、こちらめがけて走ってきた。
まったく警戒心がない。
全身でよろこびを表現している。
「なんて無邪気な子なんだろう」
それが第一印象だった。
「どうしたの? 新しい子?」
「いや、一週間ぐらい前から見るんだけどな。娘には餌やるなよって言ってるんやけど」
店主は、最近飼っていた犬を亡くしたばかり。
今はもう飼うつもりはないと言いながら、
「飼ってあげてくれへんか」と私にすすめた。
そのとき私は、自営の仕事を終え、
翌日からマレーシアへ一か月の旅に出る予定だった。
友人が「お疲れ様」と連れてきてくれたその店で、
私は運命の出会いをしてしまったのだ。
結婚してから三頭のいぬと暮らし、2年前に最後のハスキー犬を
見送り仕事も終え、いよいよ一人の老後が始まるところだった。
そして、
「もう動物との生活は終わった」と、あきらめていたところだった。
食事をしながらも、
あの無邪気な瞳がちらついて、話は上の空。
ときどき食べ物を手に隠し持ち、
トイレに行くふりをして外に出る。
そして、その子を呼ぶ。
そのとき、心の中で思わず名前を呼んでいた。
「テッド、おいで!」
まだ飼うと決めてもいないのに、
もう名前が生まれていた。
よく見ると、その子はひどい皮膚病だった。
毛はほとんどなく、匂いもきつい。
こんなにいい子なのに、
もしかしたら誰にも飼ってもらえないかもしれない。
そう思った。
悩んだ時間は、実はそれほど長くなかった。
「私が飼うわ。でも条件がふたつあるの」
「なんでもするで」
「すぐ病院に連れて行ってほしいこと。
それから、私が旅から帰るまでここで預かってくれること」
「大丈夫や」
その瞬間、お店に大きな拍手が沸いた。
みんな、あの子の行方を気にして
聞き耳を立てていたのだと、そのとき初めて知った。
遠い外国にいるうちに、
すっかり「自分のワン」という気持ちになっていた。
どこかへ行ってしまったらどうしよう。
友人に、ロープでつないでおいてと伝言を頼んだ。
帰国した翌日、迎えに行った。
「飼ってもらえるとわかったんやろな、
池の魚をくわえて走り回っとったで」
それまでは悪さをしなかった子らしい。
車に乗せるとき、少し心配だった。
助手席の足元に新聞紙を敷いて乗せる。
歴代の子たちは、最初は騒いだものだ。
でもテッドは、じっとそのままの姿勢で動かない。
小一時間かけて家に着き、
おどおどしながら家の中へ。
……と思ったら、リビングに入った途端、
テーブルの上にワンジャンプ。
歴代一の身体能力だった。
皮膚病はアカリスという寄生虫によるもの。
薬は飲んでいたけれど、そろそろ切れる。
なじみの動物病院へ連れて行くと、
「ここまでひどいのは、最近見たことがないな。
一年は薬を飲まないといけない。
それでも毛が生えないかもしれない」
そう言われた。
薬代は一か月、一万円。
治る保証はない。
しっぽはゴボウのようで、
顔はしわだらけ。
料理屋の娘さんは「シワちゃん」と呼んでいたらしい。
でも私は、なぜか最初に浮かんだ名前をそのままにした。
テッド。
仕事を終え、
これからは自由にひとり旅を楽しもうと思っていた。
それがまた、一歳の子犬との生活を
一から始めることになった。
推定一歳。
誕生日は、私が勝手に5月5日に決めた。
もし病気でなかったら、
きっと心を鬼にして山をあとにしたと思う。
だって、こんなにいい子なのだから
誰かが飼ってくれると思えたから。
でも、病気だった。
そして、名前が生まれてしまった。
そのおかげで、
私とテッドの縁ができたのだと、今も思っている。
もう犬との生活はできないと思っていた私のところへ来てくれたテッド。
こうして、私たちの暮らしが始まった。
これからテッドとの生活を思い出しながら綴っていきます。
よかったらテッドに会いにきてくださいね。
