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【手取り35万・二重生活の現実】“やれることは全部やった”と思えた本当の理由

「やれることは全部やった」

そう言えるようになるまで、
僕はかなりの時間と労力を使った。

でも、それは
気持ちが強かったからでも、
覚悟が決まっていたからでもない。

正直に言えば、
これ以上は続けられない
という現実が、目の前にあっただけだった。

無料の記事では、
別居後にどんな行動をしてきたのか、
どんな気持ちで向き合ってきたのかを書いた。

この記事では、
その続きを書こうと思う。

なぜ「やれることは全部やった」と
自分に言えたのか。

そして、
実際にはどんな現実が
自分をそこまで追い込んでいたのか。

金銭面のこと。
体力のこと。
仕事との両立のこと。

あまり表では語られない、
でも確実に積み重なっていく
「限界」の話を、ここに残しておきたい。

そして、
その裏側で何が静かに限界を迎えていたのか。

これは、
覚悟の話でも、
根性論でもない。

現実が人を限界まで連れていく過程の話だ。

目次(ここから先)
1. 「やれることは全部やった」と思えた、本当の理由
 ─ 覚悟でも前向きさでもなかった話
2. 静かに削られていった金銭面の現実
 ─ 二重生活と通い続ける代償
3. 体力が限界だと気づけなくなっていた日々
 ─ 疲れている感覚すら失っていたこと
4. 仕事と家庭問題を同時に抱えるということ
 ─ 有給を取るたびに感じていたプレッシャー
5. それでも行動を止めなかった、たった一つの理由
 ─ 「やらなかった後悔」を残したくなかった
6. 「限界」を認めることが、こんなにも怖かった理由
 ─ 諦め=負けだと思い込んでいた頃の自分
7. 「離婚したい」と言われた瞬間に起きたこと
 ─ 崩れたのは努力ではなく、期待だった
8. それでも自分の中に残ったもの
 ─ 結果よりも大事だった「逃げなかった」という事実
9. ここまで読んでくれたあなたへ
 ─ 頑張ることと、立ち止まることの間で

「限界」という言葉は、
ある日突然やってくるものじゃなかった。

少しずつ、確実に削られていくものだった。

まず、分かりやすかったのはお金だった。

月に2回、千葉から兵庫へ行く交通費。
新幹線、特急電車、時には車。
ガソリン代、高速代、電車代。

それに加えて、
家や車のローン、固定資産税などの税金。
自分の食費や生活費。
千葉と兵庫での二重生活をするという状態は
想像以上にお金が出ていった。

「家族のためだから」
そう思えば払えない額じゃない。

月2回の往復交通費は、約10万円。
家と車のローンで13万円。
子どもにかかるお金が8〜10万円。

そこに光熱費や保険、税金を足すと、

毎月、30万円を超えていた。

そこから自分の生活費や食費の支払いも行うため
手取りのほとんどが消えていく現実。
貯金を切り崩しながらの生活だった。

クレジットカードの請求額が、
給料を上回った月もあった。

毎月ただでさえ少ない貯金を切り崩す生活を、
いつまで続けられるんだろう、と。

次に削られていったのは、体力だった。

平日は仕事。
休みは移動。

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