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♯075【新暦盆に謎めく古民家】あのアオダイショウは、古民家の守り神かも?

 ほのかに薫る雅(みやび)な線香の香りがする。11回目の” 新暦盆 ”を迎える。普段は、「毎日香」をまとめ買いして湿気ってしまった安い経済の香りがするけれども、新暦盆に入る時節は、” 沈香寿山 ”らしき香木系の優雅に循環する経済の香りがする。幽香(ゆうか)の趣きを選り分けられるようになったのは、ボロアパートに引越してから8年くらいすぎてからのことである。早い気づきと周囲の環境しだいなのか。

 ボロアパートから少し離れたところに古い小寺がある。門前を通り過ぎるとき、雨上がりの朝の空気と苔むした石畳の上にうっすらと漂う幽香は、溶け混ざり合い自分の肩へと寄り添ってくる。女身(にょしん)の観音様の気配かもしれない。しっとりする。ほんの一瞬、時を遡るような香の気配に抱かれ、心はゆるやかに清められていくような感じがする。

 毎年、この清められた心持ちのまま、古い小寺の敷地づたいの裏路地を通り抜けるとき、ぞくぞくする場所がある。その場所は、昭和の貧しさが静かに息づくような古民家があり、その敷地境界に建っているフェンスだ。このフェンスにアオダイショウはとぐろを巻いている。季節によるヘビの生態なのか、雅(みやび)な香りに誘われて集まってくるのか、はたまた神の使いなのかは知らないが、出会うと汗は一気に引っ込む。

 昨年は、スマホカメラを起動しているうちに姿を消されてしまい、写真は撮れなかった。今年は、裏路地に入る前からカメラ起動をしておいて、すかさず撮る。こちらを意識的にジロッと見ているようだ。霊感は無いが、この古民家の昔の住人の化身のような気がしている。

 そうそう、この都会に近い田舎は、お盆は2回ある。アオダイショウに出会い、お祭りで盛り上がる7月の” 新暦盆 ”、 帰省者で溢れかえる8月の” 月遅れ盆 ”だ。諸説あるが、全国的には ” 月遅れ盆 ” が主流らしいけれども、この地域固有の習わしなのかもしれない。昭和の貧しさが静かに息づくような古民家は、” 新暦盆 ” の霊の迎えと送りに、” ろうそく ”の火を絶やさず灯す。

 通りすがりの景色として見ていると、古民家の構造はと田の字型+縁側の長い廊下が付き、庭は軽自動車2台くらいであることに気づく。” 新暦盆 ”中は昼夜を問わず、玄関先と大きな仏壇のろうそくに火が灯る。玄関先のろうそくを灯す陶器は、風防が優れているらしく風が吹いても消えにくい。

 田の字型の部屋奥に見える大きな仏壇は、縁側の長い廊下からの風が当たりにくい位置に鎮座しているらしく、火は灯り続けている。なぜ、灯り続けているのかがわかるかというと、過去に何度も残業で夜遅く帰った日などに、この裏路地を通るときに否が応でも、ろうそくの火は見えるからだ。

 近所のおしゃべりオババ(※1)の情報によると、住人の“ 妖(あやかし)の婆 ”のような爺さま婆さまは、寝ずの火守をしているそうだと聞いたので、合点がいく。合点はいくが、夜の通りすがりに何度も見ても、縁側の長い廊下に並ぶ木枠戸の板ガラス模様に妖気を帯びたような” ろうそく ”の火の揺らぎは、なにか化け物が出てきそうで地味にこわい。なにかが畳に座って対話しているような感じがする。ドリフの幽霊コントか。

 ※1)直近では、♯066【地植えの薔薇】♯047【餅つきは、七つの工程のハーモニー】♯043【運命のバトンと未完のバトン】に書いた近所のおばさん。町内を越えて至るところに出没している

 実は、昼間もドキッとする。縁側の長い廊下に10体以上の精霊馬(しょうりゅうま)が点々と等間隔で並んでいる。ここまでは、何ということはないのだが、ときおりカラスが精霊馬をくわえて飛び立っていく。すると、住人の“ 妖(あやかし)の婆 ”のような婆さまは、木製のお盆に新しい精霊馬を乗せてきて、縁側の長い廊下に置き、正座して手を合わせて空に向かって念仏を唱えている。

精霊馬(しょうりゅうま)

 この古民家を最初に見たときの個人的な印象は、昭和の貧しさが静かに息づくような感じだったので経済的に困窮しているのではないか、という思い込みがあった。何度も見ていると、” 新暦盆 ”中は妖しさ満載だが、来週から始まる夏祭り中は近隣の人が往来出入りし、精霊馬が並んでいた縁側の長い廊下には、一升瓶が一列に連なり、祭りの後の静けさを揺らすように、酒席の高揚がじわりと広がっていく。

 そして、8月の” 月遅れ盆 ”が始まると、どこからともなく親戚一同があつまり、夜ごとに家全体が静かな祝祭の気配でふくらんでいく。家の中からカラオケの歌声が弾けるように響いてきて、楽しげな空気が外までこぼれてくる。たのしそうだ。

 気になるのは、あれだけの人数が自動車や徒歩などの物理的な移動で集まっているのを見たことが無い。見たことがあるのは、二世帯だけである。「あの家さ、お盆の時期は、なぜか人が集まるんだってさ、知ってた?」とペチャクチャと、うわさ話を立てていた近所のおしゃべりオババの一言が気になる。

 あのアオダイショウは、あの昭和の貧しさが静かに息づくような古民家の守り神かも? いや、座敷童なのだろうか? 

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