皇室典範改正──私の違和感
2026年夏、皇室典範が制定以来初めて実質的に改正されました。
今回の改正では、皇族数の確保を目的として、旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える制度が創設されました。一方で、女性天皇や女系天皇については制度の対象とされず、男系男子による皇位継承という枠組みは維持されました。
制度としては一つの結論が示されたことになります。しかし、この改正を知って、拭いきれない違和感を覚えます
ところで、国民は、「象徴天皇」に何を求めているのでしょう。
私は近年、敬宮愛子内親王のご活動を目にするたびに、その問いを考えるようになりました。
日本赤十字社で社会人として勤務されながら公務に取り組まれる姿。被災地や各地で人々に自然に寄り添われる姿。そして、天皇皇后両陛下から受け継がれている、平和への祈りを大切にされる姿勢。
そうした一つ一つの積み重ねを見ていると、「象徴」とは権威ではなく、人々の心に寄り添う存在なのではないかと思うようになりました。
もちろん、現在の皇室典範は男系男子による皇位継承を基本としています。その制度を理解していないわけではありません。今回の改正も、その考え方を前提に組み立てられています。
しかし一方で、各種の世論調査では、女性天皇を認めてもよいという意見が多数を占めています。
このことは、制度と国民意識との間に少なからぬ隔たりがあることを示しているように思います。
私は、この隔たりを「制度が正しいか、世論が正しいか」という対立で考えたいわけではありません。
むしろ、「象徴天皇とは何か」という問いを、もう一度丁寧に考える機会ではないかと思うのです。
日本国憲法は、天皇を「日本国及び日本国民統合の象徴」と定めています。
その象徴に求められるものは、男系男子という血筋だけで決まるのでしょうか。
私はそうは思いません。
国民に寄り添う姿勢、平和を願い続ける姿勢、国内外の人々との信頼を積み重ねる姿勢。そうした営みが、象徴としての重みを形づくるのではないでしょうか。
私は、そうした象徴としての営みが皇室外交にも大きな意味を持っていると考えています。
政府の外交とは異なり、皇室は政治的立場を超えて各国との信頼関係を築き、慰霊や親善を通して平和への願いを発信し続けてきました。その静かな積み重ねは、日本にとって大切な財産です。
だから私は、皇室にはこれからも平和の象徴であり続けてほしいと願っています。
今回の皇室典範改正は、皇族数の確保という現実的な課題への一つの答えを示しました。しかし、「国民はどのような象徴を望んでいるのか」という問いには、まだ答えが出ていないように感じます。男系男子であることが「寄り添い」「祈り」に必須でしょうか。
私は敬宮様が天皇として即位されることを支持しています。
それは、女性だからではありません。
敬宮愛子内親王が、象徴天皇に求められる資質を備えていらっしゃると感じるからです。
皇室は、国民一人ひとりが静かに考え続けるべき存在です。
制度だけではなく、その理念にも目を向けながら、「象徴とは何か」を考え続けたいと思います。
