【人間関係#48】One Heart流 「さとり」の探求。思考のループから抜け出し、愛とつながるには?
こんにちは。
ピアノ講師、メンタルコーチの「One Heart」です。
寒波が再来しましたね・・・。
寒さがニガテなわたしにとって、この冷え込みはまさに試練。
しかも、ちょうどPMSの影響も重なり、気温の急降下とともに、わたしの気分も見事に急降下・・・。
「3月なのに、なんでこんなに寒いの!?💢」
普段あまり怒らないわたしですが、この日はさすがにイライラ勃発。
その結果、身体まで反応してしまい、頭痛に襲われて半日ゴロゴロ・・・。
朝食を食べる気にもなれず、かろうじてこれだけ。
(これすらもいらなかったけど、低血糖になりそうだったので・・・)

気温のアップダウンがこんなにもストレスになるなんて、最近の気候の変化は本当に身体にこたえますね。
でも、こうして調子を崩したり、感情が揺れたりするのも、人間らしさのひとつ。
だからこそ、大切なのは「自分をいたわること」。
みなさまも、季節の変わり目はどうか無理せず、ご自愛くださいね。
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さて今回は、有料マガジン『”差”取り(さとり)プロジェクト!平和な心で生きる方法』のお時間です!
前回のnoteともつながってくるところ。
「神との対話」をとおして得た気づきも交えながら、心を軽くするための新たな視点をシェアしています。
視点を少し変えるだけで、心はもっと軽くなる。
わたしも日々実践しながら、その気づきをお届けしていきますね。
「シン・風の時代」。
スルスル〜っと、風のように心も身体も軽くシフトしていきましょう。
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「愛」は、目に見えるものだと思いますか?
誰かが優しくしてくれること、そばにいてくれること、言葉をかけてくれること…。
たしかに、それらは「愛の表現」のひとつかもしれませんね。
でも、もし「愛」が、それらがなくても変わらずに存在するとしたら?
たとえば、静かな朝、一人で過ごす時間の中で、ふと満たされたような感覚になることはありませんか?
何か特別なできごとがあったわけでもないのに、ただ心が穏やかで、世界が優しく感じられるような瞬間。
もしかすると、そうした「何もないのに、ただ満たされている」という感覚こそが、
「ほんとうの愛」に触れている証なのかもしれません。
では、その愛を日常の中でどのように感じ、広げていけばいいのでしょうか?
今回のnoteでは、「愛とは何か?」という本質にさらに深く迫ってみたいと思います。
✧˙⁎⋆参考にしているご著書です。
エックハルト・トール著「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」
1.わたしたちは、すでに“持っている”。それに気づく瞬間
「大いなる存在」が、愛なのです。
愛は外界にあるのではありません。
それは、わたしたちの内面の、奥深くにあるのです。
愛は自分以外の誰か、外界の何かに依存しません。
わたしたちが「いまに在る」とき、「かたちと時間を超越した『大いなる存在』が、『ほんとうの自分』なのだ!」と感じることができます。
それと同時に、すべての人間、すべての創造物の根底にある、「共通の生命」を感じることができます。
これが「すべてがひとつであること」の気づきです。
これが「ほんとうの愛」です。愛とはなんでしょう?
「ひとつの生命」を自分の根底はもちろん、すべての創造物の根底に感じることです。
「ひとつの生命」と自分もひとつになることです。
愛は「えり好み」しません。
ちょうど太陽の光が、分け隔てせず、わたしたちに平等に降り注ぐのと同じです。
愛は、ひとりの人を特別扱いしません。
愛は排他的でもありません。
排他的なのは、神の愛ではなく、「エゴ」の愛です。
ふとした瞬間、心がすっと静かになることはありませんか?
たとえば、朝の光がやわらかく差し込む時間、波の音を聞きながらただ座っているとき、何の理由もなく「ああ、なんて満たされているんだろう」と感じること。
そんなとき、わたしたちは特別な何かを手に入れたわけでもないのに、心の奥から温かさが広がっていきます。
その感覚は、「愛」と呼べるものかもしれません。
「愛」というと、誰かを好きになる気持ちや、優しくすることを思い浮かべるかもしれません。
でも、愛はそれだけではなく、もっと深くて、もっと広がりのあるものです。
わたしたちの心の奥深くには、もともと「大いなる存在」があります。
それは、
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ご自愛の哲学 〜“差取り”のすすめ〜
ご自愛の哲学 〜“差取り”のすすめ〜 このマガジンは、「責めない・比べない・争わない」という“差取り”の視点を通して、 日々の中にある「ほ…
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