【さとりとは#06】“自分責め”や“比較”は、脳のパターンだった。One Heart流 「さとり」の探求。
こんにちは。ピアノ講師、メンタルコーチの One Heart です。
※この記事は、2026年5月に再編集しました。
「自分責め」や「比較」を、脳のパターンや思考のクセという視点から、あらためて読みやすく整えました。
誰かの活躍を見て、胸の奥がざわっとする。
自分より前に進んでいる人を見て、置いていかれたような気持ちになる。
何かがうまくいかなかったときに、すぐに「わたしがダメだからだ」と思ってしまう。
そして・・・
また、比べてしまった。
また、自分を責めてしまった。
そんなふうに、あとから自分にがっかりすることはありませんか。
頭では、比べても仕方がないとわかっている。
自分を責めても、何も変わらないとわかっている。
それなのに、気づけばまた同じ場所に戻っている。
そんなとき、わたしたちはつい、
「わたしは心が弱いのかもしれない」
「まだまだ未熟なんだ」
「もっと前向きにならなきゃ」
と、自分をさらに責めてしまいます。
でも、自分責めや比較は、単なる性格の問題ではないんだと思うんです。
もちろん、環境や経験、これまで受け取ってきた言葉の影響もある。
けれど、もう少しやさしく見ていくなら、それは脳が覚えてしまった“いつもの反応”とも言えるのです。
たとえば、子どもの頃から「もっとがんばりなさい」と言われてきた人は、何かが足りないと感じたときに、すぐに自分を追い立てる方向へ意識が向きやすくなります。
誰かと比べられる環境に長くいた人は、無意識のうちに「自分は上か下か」「できているか、できていないか」を確認してしまうことがあります。
それは、あなたが弱いからではなく、
あなたの心がダメだからでもありません。
これまでの経験の中で、脳がそういう反応の道を覚えてきた。
だから、似たような場面になると、またその道を通ってしまう。
そう見ていくと、自分責めや比較に対する見方が少し変わってきます。
「またこんなことを考えている。ダメだな」ではなく、
「あ、またこの反応が出ているんだな」
「また、いつもの思考の道を通っているんだな」
と気づけるようになる。
この“気づく”ということが、差取りの最初の一歩なんです。
まずは、自分の中で起きている反応に気づくこと。
そして、その反応と自分自身を、少しだけ分けて見ていくこと。
そこから、苦しさとの距離が少しずつ変わっていきます。
✧✧✧
脳は、“いつもの思考の道”を戻ろうとする
脳は、何度も使った思考の道に戻ろうとする性質があります。
たとえば、いつも「わたしはダメだ」と考えてきた人は、何か小さな失敗をしたときにも、すぐにその思考が勝手にわいてくることがあります。
誰かの成功を見たときに、
「すごいな」で終わらず、
「それに比べて、わたしは……」
と自分の不足へ向かってしまうこともあります。
これも、脳が慣れた考えをたどっている状態です。
何度も歩いた道は、迷わず歩けます。
それと同じように、何度も使ってきた思考の道は、意識しなくても自動的に動き出します。
だからこそ、自分責めや比較は、
「もうやめよう」と思っただけでは、なかなか止まらないことがあります。
それは意志が弱いからではありません。
思考の道が、それだけ深くなっているからです。
でも、ここで大切なのは、
「だから仕方がない」とあきらめることではありません。
気づけるようになると、少しずつ変わっていきます。
「あ、また比べている」
「あ、また自分を責める方向へ行っている」
「あ、また足りないところばかり見ようとしている」
そうやって気づいた瞬間、わたしたちは思考そのものに飲み込まれるのではなく、思考を少し離れたところから見ることができます。
この“少し離れて見る”という感覚が、とても大切。
思考は、自分そのものではありません。
感情も、自分そのものではありません。
自分の中に浮かんできたもの。
一時的に通り過ぎているもの。
これまでの経験や記憶から、自動的に立ち上がってきたもの。
そう見ることができると、
「こんなことを考えるわたしはダメだ」
というところから、少しずつ抜け出していけます。
自分責めや比較をなくそうとする前に、まずは気づく。
気づいた自分を、さらに責めない。
そして、思考の流れから、少しずつ自分を取り戻していく。
これが、差取りの実践でもあります。
✧✧✧
けれど、ここでひとつ大事なことを書いておきますね。
それは、「わかった」だけでは、感情の痛みがすぐに消えるとは限らない
ということです。
頭ではわかっている。
でも、苦しい。
もう比べたくないのに、比べてしまう。
自分を責めたくないのに、気づくとまた責めている。
そんなことは、誰にでもあります。
ここから先の有料パートでは、さらに一歩深く、次のようなことを書いています。
思考が生み出した痛みを、思考で解決しようとしてしまうしくみ
考えれば考えるほど、かえって苦しさがふくらむ理由
比較や自分責めの奥にある「二元性」の揺れと、そこから少しずつ戻っていく視点
この記事で持ち帰ってほしいのは、
自分責めや比較を、「直すべき欠点」ではなく、「気づいて扱える反応」としてみられるようになります。
そう見方が変わるだけで、苦しさに飲み込まれる時間は少しずつ短くなっていきます。
そして、苦しさを消そうとがんばるよりも、
まずは自分の内側で何が起きているのかに気づき、
思考から感覚へ、少しずつ戻っていくこと。
それが、ほんとうの意味で自分を整える入口になるのだと思います。
この記事は、
すぐに自分を責めてしまう人
人と比べて落ち込みやすい人
頭ではわかっているのに、感情がついてこない人
「もっと前向きにならなきゃ」と自分を追い込んでしまう人
思考ではなく、もう少し深いところから自分を整えていきたい人
に読んでいただけたらうれしいです。
自分を変えようとして、さらに自分を責めるのではなく。
自分の中でくり返されてきた反応に、やさしく気づいていくために。
ここから先、少し長くなりますが、考えれば考えるほど苦しくなるしくみと、感覚へ戻ることの大切さについて、もう少し深く書いていきます。
ゆっくり読み進めていただけるとうれしいです。
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思考が生み出した痛みを、思考で解決しようとしている
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ご自愛の哲学 〜“差取り”のすすめ〜
ご自愛の哲学 〜“差取り”のすすめ〜 このマガジンは、「責めない・比べない・争わない」という“差取り”の視点を通して、 日々の中にある「ほ…
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