温かく見守ってもらった初任時代だった
#794
2025.6.24.
なんと、3年前の下書きを発掘してきたぞ!
3年前に小学校教員を退職し、今はサポーターをしている。
勤務校の初任の先生がかなり苦労しているなあと感じて、自分の初任時代に想いを馳せていたら、関連する下書きを見つけたのだ。
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初任校の状況なんて千差万別。ひとまず自分の置かれていた状況と、印象深い失敗はこんな感じ↓
◆学年2学級の2年生担任。児童数も20強と少なめ。(すごくラッキー!)
学校小規模。2年生以外は全て単学級だった。
◆小規模校のため、1年生から音楽も図工も専科がもつ。(すごくラッキー!)
◆各担任の持ち時数調整のため、2年生の担任と6年生の家庭科を同時に担当。(これはレアケース?)
◆学年主任が2学期から産休に入ることになり、代替は経験の少ない方で、初任なのに実質2学期から学年主任になる。(ピンチ)
◆多動傾向の児童の対応に四苦八苦。時に怪我を負う。
◆初任研の授業者トップバッターを、1/23という確率で引き当てる。
◆その指導案ができずにトイレに1時間篭って泣き、先輩に救出される。
◆通知表の所見は毎回期限を守れなかった。
手探りで、うまくいかないことだらけで、毎日必死だった。というか、怒涛すぎて記憶がない。
どんなに周りがいい人でも、はじめは職員室も教室も居場所と思えなかった。
授業も下手くそだったし、その頃授業した子たちに謝って回りたいくらいである。
クレームをもらって、泣いた。
5時間子どもと教室で過ごすのすらしんどくて、泣いた。
アドバイスをもらって、泣いた。(なぜ)
指導案ができなくて、泣いた。
子どもからひどいことを言われて、泣いた。
研究授業の後に優しい言葉をかけられて、泣いた。
泣いてばかりやないかい!
反省はいろいろあるけれど、多分その頃に戻ったとしても、当時の自分の力ではこれ以上はできないと思えるくらい、全力で乗り切った1年目だったはずだ。
そして、そのときははっきりと分かっていなかったが、本当にいろんな方に支えてもらっていた。
いつでも授業を覗きにおいでと言ってくれた学年主任の先生。
持っている学習プリントをくれたり、楽しく学べる技(歌う筆算とか!)を教えてくれた。そのおかげで「初任の先生だけど、結構しっかり授業してるみたいね」と参観日に保護者が言ってくれていたらしい。
そしてその保護者の言葉を私に伝えてくれた同僚の先生。
初任研の研究授業なんて、ほとんどの先生が自分のクラスをテストとかにして様子を見に来てくれた。
初任の自分の学級経営を心配しながらも、いつも助けてくれた保護者の方々。
他の先生の結婚式サプライズムービーにも協力してくれた。(初任の頃からそんなことしてたんかい。)
何よりも、縁あって私のクラスになった子どもたち。
1年生の時の〇〇先生がよかった!って、最初何度言われたことか。
でも、ぶつかったりしながらも、私を先生にしてくれたのは、クラスの子どもたちだ。
本当にありがたかった。
それを今、初任の先生に返せてるだろうか。
支えになれているだろうか。
できるだけ、授業準備やクラスのことに集中できるように、他の雑多なものは助けてあげてくれ。
「この先生、大丈夫かしら?」って心配になった保護者の方も、子どもにはそんなことを言わずにいてあげてくれ。改善してほしいことは大人に相談(物申すスタンスでなく)してあげてくれ。
初任の人は、素直に一生懸命やっていればそれでいいから!
それさえできれば、世の初任の人は、無事に修了式を迎えられれば満点!
魔の6月、終わりますよ!
初任を振り返って、今一度、温かく見守り返しをしようと思った今日なのでした。
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