#295 建設的に議論できる人って、意外と少ない
実体験や多くの情報からの判断にはなりますが、日本人は議論が苦手な人が多いと感じています。
つまり、伝えるのも下手。伝えられるのも嫌だ。
なんだか、こんな感覚を持っているようです。だから、建設的な議論がなかなかできない。すぐに感情的になる。話したいアジェンダからどんどん逸れていく。結局、何も決まらない。組織によって、温度差はあるでしょうが、こんなことが非常に多いと感じています。
そもそも、なぜ こういう事象が起こってしまうのか、捉えていきます。
(1)伝えることが、嫌われると考える
何かを伝える際に、それが真理であり、本質であればあるほど、人は躊躇すると思います。
そのマインドの根底は、他者から嫌われたくないというものがほとんどです。
他者は、コントロールできません。こちらが、そういう意図がなくて伝えたとしても、急に炎上することもあれば、明確に伝えたはずなのに、全然ズレている なんてことが起こり得ます。
だからこそ、伝えるということは、一定の嫌われるリスクがあることは否めないと思います。
ただ、このリスクから逃れるために、伝えないという選択をとることは、後々、自分の背中を押し潰す荷物になることもあります。
嫌われてしまうかもという感情は、理解できますし、僕にも同じような想いはあります。
それでも、伝えることで何かしらが動き始めることは事実ですから、むしろ、嫌われてもしょうがないというスタンスでいたほうが楽だと思います。
伝えれば、嫌われるケースもある。それはしょうがない。それで良いと思います。
(2)そういうマインドで議論するから、意味がある
ただ、そう割り切れない組織人も多くいます。そういう方々が集まった組織では、議論が停滞します。
建設的な議論という言葉があるとおり、議論とはお互いのコミュニケーションによって積み上げていくものですよね。
伝えたら嫌われるかもしれないということで、伝えることをやめてしまったら、議論は成立しません。
伝えられる方も、せっかく伝えて積み上げてくれた内容を、適当に扱ったり、蔑ろにするような姿勢を見せていては、もうそこに届けられることはないでしょう。
結局のところ、嫌われるかもという感情は、心理的安全性が確保されていない証左でもあります。
建設的に議論できるかどうかは、お互いがお互いに対して、心理的安全性を確保しておくことが重要です。
人間みんな、嫌われるのは怖いものです。でも、ビジネスをやっていれば、嫌われることはしょうがない。ただ、心理的安全性を整える構えは、お互いに必要なことです。
(3)まとめ
伝えることは、嫌われるリスクを包含する。
お互いのコミュニケーションを積み上げていくことが、建設的な議論。
ビジネスパーソンとして、心理的安全性を整え、確保、提供する構えは大前提持ち合わせること。
