1−バイト先の美女に、少しづつ壊されていく話
ある日のバイト。
店内はピーク真っ只中。
酒の匂いと耳を刺すような笑い声が充満していた。
「お姉さん、もう一杯!」
カウンター越しに飛ぶ声に、「はーい」と美紀が軽く笑って応える。
スラッとした高身長に、絵に描いたような顔立ち。 彼女が笑顔を見せるだけで、場が和んでいくのが分かった。
「すいませーん、お会計でー」
客に呼ばれ、美紀が伝票を持っていく。
「ありがとうございます。七千五百円になります」
客は財布から一万円札を取り出し、美紀に差し出した。
「じゃあ一万円で。あ、釣りはいいよ。もらっといて」
「え、そんな、悪いですよ」
美紀は一度断る。だが客は満足げに
「いいっていいって」
「お姉さん綺麗だし、気持ちよく飲めたからさ」
「では、お言葉に甘えて。いただきます」
美紀は自然な動作で、その一万円札を受け取った。
いつもの光景。
同じバイト仲間の由奈が、
「また美紀ちゃんチップ貰ったの?いいなー」
冗談混じりに羨ましがるのを横目に、空いた皿を下げる。
テーブルは油とタレ、食べ残しでぐちゃぐちゃだ。 黙って片付ける。
「悠人くん、これお願い」
一瞬だけ距離が縮まる。
美紀の匂いが近い。
さっきまでの空気と、少しだけ違う。
「ごめんね、これもお願いできる?」
軽い口調。
自分より一つ年下のはずなのに、当たり前みたいに出てくる。
「うん。了解」
受け取る。最初は敬語だった気もする。
でも、いつの間にかこうなっていた。
「悠人くん?」
「あ、うん」
呼ばれて、ようやく手が止まっていることに気づく。
特に引っかからない。
その距離感が少しだけ心地いいとすら思ってしまう。
「お姉ちゃーん!注文いいー?」
「はーい。」
客もわざわざ美紀を呼ぶ。
中心には、いつも美紀がいる。
黙々と作業を進めていると、
「あと少しで終わりだね」
近くで話しかけられる。
来るとついつい探してしまう。美紀の匂い。
「……うん。もう少し頑張ろうか」
営業時間が終わり、締め作業の担当ではない連中が次々に上がっていく。
由奈も「お先でーす」と上がろうとする。
「てか美紀ちゃん、今日いくらチップ貰ったの? 何かめっちゃ貰ってなかった?」
「そんなことないよ」
「モデルさんみたいだもんねー」
「そう思うよね、悠人くん」
「え、うん。そうだね」
素っ気ない返事をする。
(そりゃそうだよな……)
「てか仕事終わったし疲れたから帰る。お疲れ様ー」
返事の内容などどうでもいいのか、事務所に消えていく。
残ったのは美紀だけ。
喧騒が消えた店内に、水道の音と皿が触れ合う音だけが響く。
美紀はレジで計算をして、自分は洗い物や床の清掃。
体力のいるラストの作業を片付ける。
チップ、結局いくら貰ったんだろう。
下世話な考えを振り払うように手を動かし、作業を終えた。
事務所に戻る。
美紀より先に着替えを終え、事務所の椅子に座る。
しばらくして。
「お待たせ」
一気に空気が変わる。
美紀は無地の白のトップスに、タイトなベージュのスカート。
無意識に視線で追ってしまう。
美紀はカバンを事務所のテーブルに置く。
カバンの口が開いている。
無意識に目線を中へ向ける。
黒のくるぶしソックス。さっきまで履いていたもの。
さっきまで。
今の匂いと重なる。
ただ見ているだけ。
でも、少しだけ何かが繋がった。
数日後。
今日も美紀とラスト。
美紀が着替えを終えて、事務所に出てくる。
視線を落とし、カバンの中身を確認する。
あった。
黒のくるぶしソックス。今日も重なる。
つい見入ってしまう。
「どうしたの?」
「いや、なんでも……」
「そう」
また別の日。
営業終わり。着替えはいつも先に終わる。
「お待たせー」
美紀が入ってくる。
足元に目がいく。
今日は履いたままだ。
少し高さのあるミュール姿。美紀は椅子に腰掛け、カバンをテーブルに置く。
手が足元に伸び、靴下に手がかかる。
何故かはわからないが、少し身体が熱を帯びる。
(……)
見てはいけないような気もするが、逸らせない。
ゆっくりと、靴下を脱ぐ。
片方。もう片方と脱ぎ、まとめてカバンに入れる。
こっちの視線など気にもせず、美紀がスマホを確認する。
「ごめん、ちょっと連絡だけ先返していい?」
「うん」
「すぐ終わるから、ごめんね」
視線をスマホに移す。
スマホをタップする音だけが続いている。
視線はカバンの中。
見るつもりはないのに意識が寄る。
気づくと音がない。
顔を上げると、美紀がこっちを見ている。
さっきまで触っていたはずのスマホはそのまま。
ほんの少し、美紀の口元が緩んでいる。
「あ……」
見られていた。
急いで視線をどこかに移す。
「もうちょっと待っててね」
そう言ってスマホに目線を戻す。
何でもいいから、別のことを考える。
でも、無理だった。
この部屋の匂い。
さっきまで履いてた靴下。
考えないようにするほど、そっちに寄る。
一瞬だけ。
そう思って、カバンに目を向けた瞬間。
パチン。
カバンを閉じる。
「お待たせ。じゃあ出よっか」
「あ、うん」
もう一度だけ、と思ってた。
家に帰る。
布団で目を閉じると、美紀の匂いとカバンの靴下。
その二つが脳裏に焼きついていた。
次の日もいつもの営業が終わり、事務所に戻る。
「お待たせ」
言い訳を考えながら視線が横に流れる。日課を行う。
今日もカバンの口が開いている。
確認すると、無い。
(……)
もう一度見るが無い。
ただバッグの奥にしまっただけなのか。
それだけで落ち着かない。
「疲れたね。帰ろっか」
その声で顔を上げると、美紀は楽しそうに笑っていた。
次の美紀との日。
営業が終わる。
着替えを待つ間、どうしても気になる。
待っているだけなのに少し緊張する。
「お待たせー」
いつも通り美紀が遅れて出てくる。
美紀がカバンを机に置く。
それだけで何故か少し緊張する。
あった。
それだけで目が離せない。
「ねぇ。」
はっと顔を上げる。
美紀が、こっちを見ている。
「みつけた?」
美紀は笑顔でこっちを見ている。
言葉が詰まる。
「……いや」
言葉が続かない。
「この前もさ、探してたみたいだし」
少し息が詰まる。
美紀は気にする感じもなくカバンに手をかける。
「じゃ、帰ろっか」
「……うん」
事務所を出ようとする美紀の後に続こうとしたが、すぐに立ち止まる。
こちらを振り返って一歩近づく。
肩にかけたカバンをわざと少しだけ開く。
中が見える。
吸い込まれてしまう。
「ねぇ」
視線が合う。
「さっきからさ、ずっと見てるよね」
少しだけ開いて、指先がそれをなぞる。
心臓がうるさい。
視線を逸らそうとしてもできない。
「ねえ」
さっきより少しだけ強い。
目線を美紀に戻される。
しばらく間が空くが、言葉を発せない。
「これ、欲しいんでしょ?」
