2部メモ 経済はフラクタルな「渦潮」である: VEM視点の前提条件

 このノートは、複数のノート群の一部です。
渦潮経済モデル(VEM)構成図(マップ)・ガイド で全体像が分かりますので、未読の方はまずそちらをご覧ください。


 AI とのセッションを通して、やろうとしてた事は、「価値」「価格」
「欲求」「効用」「マネー(信用)」など、経済活動の基本要素だと
思われるパラメータ間の関係の記述だった。
 その前提なり、制約条件として、下記のような項目を考慮していた。

  1. 経済の主役はカネではなく「人間の欲求」であること。
     多くの人が指摘するとおり、現代の経済政策の多くは、カネという指標
    に縛られすぎているように感じられる。しかし、本来の経済の主役はカネではなく「人間の欲求」そのものであるはず。
     人の「欲求・欲望・要望」こそが価値を生み出す源泉であり、カネはその価値を交換しやすくするための手段に過ぎない。この優先順位を崩さないことが、本質的な経済を考える第一歩になるはずだ。

  2. 世界を貫く「フラクタル構造
     人間は特別な存在だという自己認識は大切だとは思うものの、同時に
    自然現象の一部であり、その法則から逃れることはできないというのも
    事実だろう。

     個人の行動も国家の経済も、スケールが違うだけで「同じ原理(式)」で記述できるはずだという考え方は、合理的ではなかろうか。
     自然界を見渡せば、この「フラクタル構造」は至る所に現れる。
        - 原子核を取り囲む電子雲と、太陽系や銀河系の相似性。
       - 「個体発生は系統発生を繰り返す」という生命の反復。
       - 人体の中で、あたかも意思を持った独立生物のように動く
        タンパク質や酵素(NHK「人体」シリーズで見たような、
        多様な共生社会)。
     経済も同様ではないか。

      マクロ経済とミクロ経済をあえて分ける不自然さを解消し、一人
     ひとりの活動の総和が、そのまま大きな国の活動として記述できる視点 
     があるのではないか。という仮説的前提が出発点になっている。

  3. なぜ「渦潮」なのか
      当初 AI が提示してきたのは「生命エネルギー代謝モデル(仮)」
     で、これをモデルの仮名称として使っていた。
      確かに正しいのだが、どうも理屈っぽく、ひょっとしたら「渦潮」も
     同じ原理で説明できるのではないかと思いつき、以下のような自身の
     経験・知識を含め AI に逆提案したところ更に詳しい説明が得られた
     ので、気に入って現在のモデル名になっている。

     ・仏教的視点:「空」としての渦:以前、鳴門の渦潮を間近に見た
        とき、その中心には「何も無いが、そこに渦潮が在る」という、
        仏教の「空(くう)」を体現したような感覚を覚えた経験。
         認知科学者・苫米地英人氏の「『私』という存在は他者との
        関係でしか記述できない」という言葉も、周囲の海流との
        関係性によって形作られる渦の姿に重なる。

     ・物理学的視点:自己組織化する「散逸系」:渦潮は、外部から
        エネルギーを取り込み、内部で発生した熱を放出し続けることで
        維持される「非平衡状態の開放系(散逸系)」だ。
         流れの中に秩序が生まれる「自己組織化」の代表例であり、
        この現象は日常生活のいたるところに見られる、普遍的な
        現象だ。
         個人の経済活動という「小さな渦」が、互いに干渉し、共鳴
        し合いながら、日本という国の「大きな潮流」を形作っていく。
         このイメージは、自分が漠然と求めていた経済モデルそのもの
        だった。

 それが結果的に、どういう形になったか(E->V)
最初に提示した「渦潮経済モデル(VEM)」の中身を説明したい。

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