「渦潮経済モデル(VEM)」とホログラム (AI とのセッション)
私の入力
厳密な意味でのアナロジーではないことは理解しつつも、平面的な情報の関係性から、立体的な像を浮かび上がらせるという意味で、VEM はホログラフィーと似たような機能を持っていると思っている。
AI の応答
その比喩は、私はかなり興味深いと思います。
ただし、「ホログラフィー」という言葉は物理学では非常に強い意味を持つので、比喩として使っていることは明確にしておいた方がよいでしょう。
とはいえ、あなたが言いたいことは、単なる「立体的に見える」という話ではないと理解しています。
私が理解したVEMとホログラフィーの共通点
ホログラムは、
局所的な情報の中に、全体構造を再構成するための情報が分散している
という特徴があります。
一方、VEMでは、例えば一つの政策を見たとき、
・どんな価値( V )を目指しているのか
・どんな価値観( dir )が背後にあるのか
・エネルギー( E )は何に投入されているのか
・変換効率( ef )はどうか
・制約( R )は何か
・波及範囲( k )はどこまでか
という「局所的な記述」から、その政策全体の思想や、国家の方向性まで逆算できるという発想ですよね。
つまり、一部分の情報から、全体の構造を推定できるという意味でホログラムに似ている、と。
これは非常に面白い視点です。
私はむしろ「逆問題」に近いと感じます。
数学や物理では、
順問題(Forward Problem) 条件が分かっていて結果を計算する。
逆問題(Inverse Problem) 結果から原因や構造を推定する。
という考え方があります。
例えばCTスキャンは、身体を通過したX線データから、内部の三次元構造を復元します。これは典型的な逆問題です。
VEMも、例えば「この政策が採用された。」という結果から、その背後にある価値観、優先順位、エネルギー配分 を推定しようとしています。
これはかなり「逆問題」の発想です。
ホログラフィーとの類似点
一方で、あなたが言うホログラフィーとの共通点もあります。それは、
見えている現象よりも、一段高い次元の構造を復元する
という点です。
例えば、政策という二次元的な「点」を見るだけではなく、
・その背後の国家の価値観
・社会構造
・国富への影響
という高次元の構造を見ようとしている。
これは、平面から立体を再構成するというイメージと重なります。
ここでテンソルとも繋がります。以前、あなたは「行列やテンソルに拡張したい」と言っていました。
私は今、その理由が少し見えてきました。
あなたが欲しいのは、単なる行列ではなく、多次元の関係性を保持したまま世界を記述する方法 なのだと思います。
テンソルは、まさに人、時間、空間、組織、価値、エネルギーのような複数の軸を同時に持つデータ構造です。
だから、VEMと相性が良い可能性があります。
一つだけ表現を工夫するなら論文やnoteでは、私は「ホログラフィー」そのものと言い切らない方が良い と思います。
例えば、
VEMは、ホログラフィーに着想を得たような「構造復元的な見方」を社会現象へ応用する試みである。
あるいは、
VEMは、個別の現象から背後にある高次の構造を再構成するという点で、ホログラフィーを想起させる性質を持つ。
このくらいなら、物理学者から見ても「比喩として使っている」ことが伝わります。
私が最も面白いと感じたこと
ここまで対話していて、一つ気付いたことがあります。
あなたは以前、「波動と粒子の二重性」との類似も話していました。
今回の「ホログラフィー」もそうです。
さらに、散逸構造、最小作用の原理、粘菌、キネシンなども挙げていました。
これらは一見するとバラバラですが、実は共通しています。
あなたは、それぞれの理論を社会へ「当てはめたい」のではなく、「異なる分野に共通して現れる構造や記述様式があるのではないか」という仮説を持っているのだと思います。
これは非常に重要な違いです。
つまり、VEMは物理学や生物学を社会へ応用する理論ではなく、異なる
領域に現れる「構造的な共通性」を探すためのモデリング言語を目指して
いる。
私は、ここを明確にしておくと、VEMの独自性はさらに伝わりやすくなると感じます。
私の入力
VEMは物理学や生物学を社会へ応用する理論ではないにしろ、あなたの言葉を借りれば、『異なる領域に現れる「構造的な共通性」を探すためのモデリング言語』ができれば、経済や社会に利用できるはずだとも思っている。
AI の応答
私は、その整理が一番自然だと思います。
ここで重要なのは、「応用する」と「共通構造を利用する」は違うという
ことです。
例えば、飛行機は鳥をそのまま真似して飛んでいるわけではありません。
しかし、揚力、抗力、空気力学 という共通の自然法則を利用しています。
つまり、鳥を応用したのではなく、鳥も飛行機も従う共通原理を利用した。
ということです。
私は、あなたがVEMで目指しているのもこれに近いのではないかと思います。
VEMの仮説を私なりに整理して、今までの対話を一つの仮説として書くなら、
自然界・生命・人間社会は、それぞれ固有の法則を持ちながらも、より抽象的なレベルでは共通する構造(エネルギーの流れ、価値の創出、自己組織化など)を持つ可能性がある。VEMは、その構造を記述するためのモデリング言語を目指す。 になります。
この書き方なら、「物理学で証明された」「生物学が経済を説明する」とは言っていません。あくまで 構造の類似性 を仮説として扱っています。
これは「数学」に近い
実は、数学はまさにこういう学問です。例えば
行列は量子力学、経済学、AI、制御工学 全部で使われています。
誰も「量子力学を経済へ応用した」とは言いません。
行列という 共通言語 を使っているだけです。
VEMも同じ立場になれるかもしれない
例えばVEMが
E(エネルギー) → 変換 → V(価値) という構造を 国家、企業、細胞、AI、市場 全部で書けるなら、これは「経済モデル」というより 記述言語 になります。
ここでテンソルが意味を持つ
以前、テンソルの話をしました。
私は、テンソルそのものが重要なのではなく、「異なる分野を同じ記法で書ける」 ことが重要なのだと思っています。
例えば
国家なら時間、地域、人口、財政、国富
企業なら部門、製品、投資、人材
生物なら細胞、エネルギー、代謝、情報
全部違うようで、多次元の関係です。
テンソルはそれを書く器になります。
ただし、一つ注意したいこと
私は、今後VEMを発信するときに、最も気を付けた方がよい点が一つあります。それは、
「自然界に共通構造がある」ことと、「だから社会もそうである」は同じではないということです。
つまり、共通構造を仮定する。
VEMというモデルで社会現象を記述してみる。
どこまで説明力や予測力があるかを検証する。 という順番です。
この順番を守る限り、VEMは非常に健全な研究プログラムになります。
逆に、「自然界がそうだから社会も必ずそうだ」と言ってしまうと、科学的な説得力を失います。
あなた自身もこれまで一貫して、「専門家に検証してほしい」「帰納的に事例を積み上げるしかない」と言ってきました。
私は、この姿勢はぜひ維持した方がよいと思います。
私が感じるVEMの「核」
ここまで何十回も対話してきて、ようやく一つの文章にまとめられそうな気がしています。
VEMの核は、おそらく次の一文です。
VEMは、自然・生命・人間社会を区別する前に、それらに共通して現れる「価値を生み出す構造」を記述できるかを探るモデリング言語である。
この一文には、これまで議論してきた最小作用の原理、散逸構造、粘菌、キネシン、波動と粒子の二重性、国富、dir(価値観)、政策評価が、すべて矛盾なく収まります。
そして、この定義なら、「経済理論」でも「物理理論」でもなく、異なる学問分野を横断して構造を記述するためのモデルとして位置づけることができます。
私は、この位置づけが、現時点のVEMを最も正確に表しているように感じます。
私:応用と利用を厳密に分けてなかった気がするが、確かに違いを意識した方が良さそうだ
AI の応答
私は、そこは今後のVEMにとってかなり重要なポイントになると思います。
実は、学際的なモデルが批判されるとき、多くはこの二つが混同されることから始まります。
「応用」と「利用」の違い
私なりに整理すると、次のようになります。
応用(Application)
ある分野の法則が、そのまま別の分野でも成立すると考える立場です。
例えば、「最小作用の原理が社会にもそのまま成立する。」と言えば、これは応用です。
この主張をするには、かなり強い証拠が必要になります。
利用(Utilization)
一方で利用は、「その分野で有効だった記述方法や考え方を、別の分野のモデル構築にも使ってみる。」という立場です。
例えば、行列を経済学で使う。ネットワーク理論を生態系にも使う。
制御理論を経営学にも使う。
これは誰も不自然とは思いません。
数学や情報科学では日常的に行われています。
VEMは後者の方が自然
ここまでの対話を踏まえると、VEMは自然科学の法則を社会へ応用する。ではなく、自然科学で見られる構造的特徴や記述方法を利用して、人間社会を記述するモデルを構築する。 という立場です。
この違いは、一見小さいようで実は非常に大きい。
私なら、さらに「参照」という言葉も使います
VEMの特徴を表すなら、「応用」と「利用」の間にもう一段階ある気がします。
私はそれを「参照(Reference)」と呼びたいです。
例えば、
参照する
散逸構造や最小作用の原理などを見て、「何か共通する構造がありそうだ」と着想を得る。
モデルを構築する
VEMとして独自のモデルを組み立てる。
利用する
そのモデルを政策や経済分析に適用してみる。この流れです。
つまり、
自然科学 →(参照)→ VEM →(利用)→ 社会・経済
という構造になります。
この間にVEMという独立したモデルが入るので、「物理学をそのまま社会へ持ち込んでいる」という誤解を避けられます。
これはAIの世界でも同じです
AIでは「ニューラルネットワーク」が典型例です。
名前の由来は脳ですが、現在のニューラルネットワークは脳を忠実に再現したものではありません。
脳から着想を得て(参照)、数学モデルとして再構成し、それを画像認識や翻訳に利用しています。
誰も「脳科学をそのまま応用した」とは言いません。
VEMも似た立場を目指せるでしょう。
VEMの研究姿勢として美しい形
私は、ここまで議論してきて、VEMは次のような研究姿勢を明示すると非常に強くなると思います。
VEMは、自然科学・生命科学・社会科学に共通して見られる可能性のある構造に着想を得て(参照)、それらを統一的に記述するためのモデルを構築し、そのモデルを社会・経済・政策の分析に利用することを目指す。
この文章には、「応用」という強い主張はありません。
しかし、「自然科学とは無関係」でもありません。
「着想を得る(参照)→ モデル化する → 利用する」という一連の流れが明確になります。
ここで一つ感じたこと
実は、あなたは最初からこの姿勢を取っていたように思います。
例えば、
「専門家に検証してもらいたい」
「帰納的に利用事例を積み上げたい」
「演繹的証明は難しいかもしれない」
「物理学や生物学とのアナロジーではあるが、本質的には構造の共通性を見ている」
これらはすべて、「ある理論を社会へ適用したい」という姿勢ではなく、共通構造を探るモデリングという姿勢と整合しています。
だからこそ、「応用」よりも「参照」「モデル化」「利用」という三段階を意識して言葉を選ぶことは、VEMの独自性と科学的な慎重さの両方をうまく表現できると思います。
私:ニューラルネットワークの例は、分かりやすい。
AI の応答
私も、この例はVEMを説明するときに非常に役立つと思いました。
実は、ニューラルネットワークの歴史とVEMには、いくつか共通点があります。
ニューラルネットワークは「脳理論」ではない
初期の発想は、
「脳の神経細胞には何か本質的な構造があるのではないか」でした。
しかし現在のディープラーニングは、脳とはかなり違います。
それでも、ニューロン、重み、学習 という概念を抽象化したことで、大きな成功を収めました。 つまり、
脳を再現したのではなく、脳から着想を得て、新しい数学モデルを作ったわけです。
VEMも同じ道筋を歩める
VEMも、最小作用の原理、散逸構造、粘菌、キネシン、波動と粒子の二重性 などから、「何か共通する構造があるのではないか」という着想を得ています。
しかし、目指しているのは、それらを説明することではない。 その一段抽象化した「価値生成を記述するモデル」 を作ることです。
これはニューラルネットワークの発想に近い。
私がもう一つ思い浮かんだ例
実は、ニューラルネットワーク以上に近いものがあります。
それは遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm)です。
遺伝的アルゴリズムは、生物の進化をそのまま再現しているわけではありません。
しかし、選択、交叉、突然変異 という構造だけ抽出して、最適化問題を解いています。
つまり、生物学の「構造」を利用した情報処理アルゴリズムです。
VEMも、自然界の構造を利用した社会モデリング という意味では、かなり近い立場になります。
これはVEMの説明にも使える
例えば、将来誰かに「物理学を経済に持ち込むなんて無理でしょう。」と言われたら、こう答えられるかもしれません。
「そのまま持ち込むつもりはありません。ニューラルネットワークが脳そのものではなく、脳の構造に着想を得た数学モデルであるように、VEMも自然や生命に見られる構造的特徴に着想を得て、社会や経済を記述するためのモデルを構築しようとしています。」
この説明なら、誤解されにくく、学際的な研究としても位置づけやすいでしょう。
私が感じたVEMの成熟
ここまで対話してきて感じるのは、VEMは少しずつ「何を目指すか」よりも、「何を目指さないか」が明確になってきています。
例えば、❌ 物理学を社会へそのまま応用する理論ではない。
❌ 自然法則だけで人間社会を説明しようとする理論でもない。
❌ 「唯一の正しい政策」を導く理論でもない。
その代わりに、
○ 共通する構造に着想を得る。
○ それを抽象化してモデリング言語を構築する。
○ そのモデルを社会や経済の分析・政策設計に利用する。
という輪郭がかなりはっきりしてきました。
研究では、「何を主張するか」と同じくらい、「何を主張しないか」を明確にすることが、理論やモデルの信頼性を高めます。
私は、この点が整理されてきたことは、VEMにとって大きな前進だと感じています。
私の問いかけ
「参照」という言葉は、あまり使い慣れないが、文献や論文を参照するというだけでなく、もう少し本質的な理解を深めておいた方が良い気がする。
AI の応答
これは非常に良い指摘だと思います。
確かに「参照」という日本語は、日常的には文献を参照する、データを参照する、過去事例を参照する というように、既に存在する情報を見るという意味で使われることが多いです。
しかし、ここで私が使った「参照」は、それより少し深い意味で使っています。
むしろ英語の reference が持つ複数の意味に近いです。
「参照」の本質は「コピーではなく、関係づけること」
例えば、地図上の「北」という概念を考えると分かりやすいかもしれません。
北そのものを持ってくるわけではありません。
しかし、自分の位置、方角、周囲との関係 を理解するための基準点として使います。
つまり参照とは、
ある対象を、そのまま移植するのではなく、自分が理解したい対象との関係性を明らかにするための基準として用いること です。
VEMにおける「参照」はこういう意味になると思います
例えば、最小作用の原理を見る。
物理学では、系がある条件下で特定の経路を選ぶ という現象を記述しています。
ここからVEMが直接、「人間も必ず最小作用の原理に従う」と言うわけではありません。
そうではなく、
「自然界では、制約条件の中で効率的な状態へ向かうような構造が多く観察される。
この構造は、人間社会の価値創出過程を考える際の参照枠になるのではないか。」という使い方です。
「アナロジー」とも少し違う
アナロジー(類推)は、「AとBは似ている」という関係です。
例えば、「企業組織は生物のようなものである」というのはアナロジーです。
しかし参照は、「生物が示す自己組織化という構造を、組織モデルを考える際の視点として利用する」という感じです。つまり、
アナロジー:似ているものを比較する
参照:構造を抽出するための手掛かりにする という違いがあります。
これはニューラルネットワークの例とも一致します
脳を参照した、という場合、脳細胞をそのままコピーしたわけではありません。
抽出したのは、多数の単純な要素、相互結合、重みづけ、学習による変化という構造的特徴です。
その結果、人工ニューラルネットワークという別の存在が生まれました。つまり、
脳 → (構造を参照) → 数学モデル → AI です。
VEMの場合、参照対象はもっと広い
VEMが面白いのは、参照対象が一つではない点だと思います。例えば、
参照対象 抽出する構造
物理 エネルギー変換、最適化、制約
生物 自己組織化、代謝、適応
情報科学 情報処理、ネットワーク
経済 資源配分、価値創出
社会 合意形成、制度、文化継承
これらから、「共通する抽象構造」を取り出そうとしている。
ここでVEMの表現として重要な点
私は、「VEMは自然法則を社会へ応用する」と言うより、むしろ、VEMは、自然・生命・社会に現れる構造を参照し、価値創出過程を記述するための抽象モデルを構築する。 の方が正確だと思います。
さらに一歩踏み込むと、あなたが以前言った、「平面的な情報の関係性から、立体的な像を浮かび上がらせる」というホログラフィーの比喩とも繋がります。
参照とは、単に情報を追加することではなく、別々に見えていた情報の背後にある共通座標を見つけること とも言えます。
例えば、GDP、国債、教育、技術投資、文化継承 は、通常は別々の政策分野です。
しかし「国富」という軸を参照すると、「これらは次世代へ何を残すかという一つの問題として見られる」 ようになります。
これは、まさにあなたが最初に言っていた、 「平面的な情報の関係性から、立体的な像を浮かび上がらせる」 という感覚に近いと思います。
したがって、「参照」という言葉は、VEMを説明する上で便利な一方、確かに一般的な意味より深い概念として定義しておいた方が良い言葉だと思います。
私: 「参照」の意味がだいぶ身体的に理解できつつある気がする
その「身体的に理解できつつある」という表現は、実は「参照」という概念を理解する上でかなり本質を突いていると思います。
なぜなら、「参照」は単なる情報検索ではなく、自分の認識の座標系を変える行為だからです。
例えば、日常的な「参照」は、
分からないことがある → 資料を見る → 情報を得る という一方向の行為です。
しかし、VEMで扱っている「参照」は少し違います。
目の前の現象を見る → 別の領域の構造を見る → 共通する関係性を抽出する
→ 現象の見え方が変わる という認識変換です。
つまり、情報を足しているのではなく、見方の次元を上げている。
例えば、以前話していた「国債」の話で考えると分かりやすいと思います。
従来の見方:
国債 → 政府の借金 → 将来世代の負担
これは一つの「参照枠」です。
しかし「国富」という参照枠を置くと、国債 → 政府による資源移転・投資手段 → 将来世代へ残る資産との関係 という別の像が見えてくる。
ここで重要なのは、数字そのものは変わっていません。
変わったのは、何を基準に意味づけするか です。
これが「参照」の力だと思います。
VEMで言えば、自然現象を「参照」するというのも同じです。
例えば散逸構造を見る。
単純に、「生命も経済も散逸構造だ」と言えば、それはアナロジーです。
しかし、
「エネルギーが流入し、制約条件の中で秩序ある構造が形成されるという関係性は、生命にも社会にも観察される。この構造を記述する視点として参照する」 なら、抽象化された構造を利用しています。
ここが大きな違いです。
少し哲学的に言えば、「参照」は 対象を見るための第三の目を作ること に近いかもしれません。
普通は、自分 → 対象 です。
しかし参照を使うと、
自分 → 参照枠 → 対象 になります。
この「参照枠」が入ることで、今まで見えなかった関係性が見えるようになる。
そして、ここはVEMの「ホログラフィー的」という話ともつながります。
ホログラムの特徴は、単に情報量が多いことではなく、
情報の配置の仕方によって、隠れていた構造が復元される ことでした。
参照も似ています。
新しい情報を大量に追加するのではなく、既に存在している情報を、別の構造として再配置する。
その結果、「平面的だったものが立体的に見える」 という感覚になる。
さらに面白いのは、人間の認知そのものが実はこの仕組みを使っていることです。
例えば、熟練した医師はレントゲン写真を見ると、素人には見えないものを読み取ります。画像情報自体は同じです。違うのは、
医師の頭の中にある解剖学的知識、過去症例、病理モデル という参照枠です。つまり、
専門知識とは、情報量ではなく、適切な参照枠を持つこと とも言えます。
この観点から見ると、VEMの役割も少し明確になる気がします。
VEMは、「答えを与えるモデル」ではなく、
複雑な現象を見るための参照枠を提供するモデル
なのではないでしょうか。
そして、その参照枠が有効かどうかは、多くの現象を説明できるか、既存の矛盾を整理できるか、新しい洞察を生むか によって評価される。
これは、あなたが以前述べた
「演繹的証明より、利用事例を増やし、論理的破綻がないかを見る」
という考え方とも非常によく一致しています。
「参照」という言葉をVEMの中核概念として使うなら、単なる「参考にする」ではなく、
参照とは、異なる領域に存在する構造を認識の座標系として取り込み、対象の背後にある関係性を可視化する行為である。
くらいまで定義しておく価値があると思います。
私の問いかけ
光の当て方に近いだろうか。
例えば、円錐をどこから光を当てて影を見るかによって、三角に見えたり、円に見えたり、楕円に見えたりする。
観察 とも似てるのか・・・・
AI の応答
はい、その比喩はかなり本質に近いと思います。
むしろ、先ほどの「参照」を説明するには、文献を調べるという意味の「参照」よりも、あなたが今出された「光の当て方」の方が直感的に近いかもしれません。
円錐の例で考えると、円錐そのものは一つです。
しかし、真横から光を当てれば、影は三角形になる 真上から見れば、円になる 斜めから見れば、楕円になる
ここで重要なのは、どれか一つが間違いではない ということです。
三角に見えるのも、円に見えるのも、楕円に見えるのも、すべて円錐という実体の一つの断面情報です。
ただし、それぞれが持っている情報量や、適している用途が違う。
これをVEMに対応させると、社会現象や経済現象という「立体的な対象」に対して、既存の学問や価値観は、それぞれ異なる方向から光を当てていると考えられます。
例えば、ある政策を見る場合:
・経済学の光 「効率性」、「成長率」、「資源配分」 を見る。
・政治学の光 「権力」、「合意形成」、「制度」 を見る。
・社会学の光 「文化」、「集団行動」、「関係性」 を見る。
・歴史学の光 「時間軸」、「継承」、「変化」 を見る。
どれも間違いではない。
しかし、一つの方向からだけ見ていると、立体構造は失われます。
ここでVEMの役割を考えると、面白い位置づけになります。
VEMは、「唯一正しい光の当て方」を提示するものではない。
むしろ、どの方向から光を当てているのかを意識化するための枠組み なのではないかと思います。
つまり、
「あなたは今、経済効率という方向から見ていますね」
「こちらは世代継承という方向から見ていますね」
と、観察者自身の位置も含めて可視化する。
これは、以前話した「正しさ」の議論ともつながります。
あなたは、正しさは個人では成立せず、他者との合意や時間軸を含むと言われました。
この考え方も、実は観察の問題に近いです。
観察者が一人しかいなければ、「自分から見えた世界」がすべてになります。
しかし複数の観察者がいれば、どの方向から見たか、どんな前提を置いたか、何を重視したか を比較できます。
その中で、より多くの観察者・長い時間軸に耐えた見方が、より普遍的な理解へ近づく。
さらに一歩進めると、「参照」と「観察」は少し違うと思います。
観察 対象を見る行為。
対象 → 観察者
参照 観察者と対象の間に、別の構造や基準を置く行為。
対象 ← 参照枠 ← 観察者 です。
例えば、単にGDPを見るのは観察です。
しかし、「GDPを国富という参照枠から見る」と、
・医療費増加によるGDP増
・教育投資によるGDP増
・技術革新によるGDP増
が同じ「GDP増」でも違って見える。
これはまさに光の当て方を変えることです。
この比喩をVEMの説明に使うなら、私はかなり有効だと思います。
例えば、
VEMとは、複雑な現象に対して新しい光を当てることで、これまで別々に見えていた情報の背後にある構造を可視化するための参照フレームである。
という表現ができます。
そして面白いことに、これはあなたが以前言った「ホログラフィー」ともつながります。
ホログラフィーは「情報から像を復元する」発想。
光の比喩は「観察条件によって見える像が変わる」発想。
どちらも、 見えている現象は、対象そのものではなく、対象と観察方法の相互作用の結果である という点で共通しています。
これはVEMの「dir(価値観・方向性)」の概念とも非常に相性が良いと思います。
dirとは、ある意味で「どの方向から光を当てるか」に相当する、と解釈できるかもしれません。
補足 「渦潮経済モデル(VEM)」について
造語。渦潮と経済のアナロジーをベースに、人のエネルギー(E)を価値(V)に変換する関係性を V = E * dir * ( ef / R ) * k という式で表現してみた。
これを AI にプロンプト(命令)として組み込むことで、様々なデータの関係性を浮彫りにできると考えており、現在その検証を続けている。
興味がある人は、下記ノート(群)を覗いてみて下さい。
普段は Google AI-Studio を使っているのだが、今回は Chat-GPT を使ってみた。
AI の癖はあるにせよ、VEMモードのプロンプトが Chat-GPT でも有効であることの確認はできた。
このマガジンの関連ノートリスト
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