経済財政運営と改革の基本方針2026 人社系のダウンサイジングを通じた質の向上?
たまたまXのポストを見て気づいたのだが、
内閣府の「経済財政運営と改革の基本方針2026」に下記のpdf文書が掲載されている。
経済財政運営と改革の基本方針2026 「責任ある積極財政」元年 ~日本の挑戦を起動する!
「経済財政運営と改革の基本方針 2026 を別紙のとおり定める。」
3.主要分野ごとの重要課題と取組方針
(2)公教育の再生、研究活動の活性化 の中に、下記文章がある。
「理工・デジタル人材育成を含む大学・大学院等の機能強化のため、(中略)人社系のダウンサイジング及び理数分野併修を通じた質の向上…」(P.33)
重箱の隅をつつくような指摘に見えるかもしれないが、これはかなり誤解を招く表現ではないだろうか。
ここには、「質の向上」という「目的」に対し、「人社系のダウンサイジング」と「理数分野併修」が「手段」として並列に置かれている。
つまり、「人社系のダウンサイジング」も「質の向上」という「目的」に繋がるかのように読めるのだ。
そして通常、「目的」ー「手段」の連鎖は、ツリー状になる。
つまり、「人社系のダウンサイジング」を目的とした「事業」や、その手段を議論するきっかけを作ってしまっている。
現に案の定、X上で騒がれているではないか。
本来なら、例えば
「人社系教育を社会課題やAI時代に対応できるものへ高度化し、その結果として教育資源を集中するため規模の見直しも行う」
などの表現にすべきではないだろうか。(これは AI を使えば簡単にできる)
「日本の国の政策に関する疑問」でも指摘したが、内閣府のHPにある「内閣府の政策」内の「政策」を見ても、その上位の「目的」との関係が曖昧だったり、不明だったりする。
これが、方針から具体的政策に展開していく際の「非効率」が発生する大きな原因の一つだと考える。(その点は、日本版DOGEに対する意見として送った)
その一つの典型例として上記の「目的」と「手段」の連鎖の記述を挙げた。
重要なのは、人間がその意思「目的」と「手段」の関係を明確にすることだ。
(これは AI にできるとは限らない)
人間がどう AI にインプットするかで決まってしまう。
価値判断は、人間しかできないはずだ。
例えば、現状の「基本方針」に従って、教育環境の改革を進めた場合、「人社系のダウンサイジング」を目的にした、具体的政策は出ないと誰が責任を持って答えられるだろう?
結果として「人社系のダウンサイジング」というコストも受け入れる、という意味であるなら、「人社系の質の向上」を目的として、例えば「認可基準のハードルを上げる」などの手段が出てくるはずだ。
そのような「政策設計の初期設計」はできているのだろうか? できるのだろうか?
(私は過去の事例から推測する限り、非常に懐疑的だ)
このようなチェックが簡単にできる以上、国会議員含めた政治家や官僚の上層部は、責任を持って改善して頂きたいし、今すぐにでも実行して欲しい。
この文章だって、変えるのは簡単だろう。(手続き云々はコストでしかない。
そのコストが大きいのであれば、効率化を図るべきだ。
あるいは最低限、改革の課題とすべきだ)と考えるが、いかがであろうか。
また、国語教育の問題でもある。
miroc マガジン群
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