映画「ARCO」観た ネタばれあり
アルコ観てきた。予告が完全に宮崎駿作品!という感じで音楽がもう久石譲じゃんこれ!と見事にひっかかり劇場へ。(予告のコメントにもジブリ作品のようだ、みたいなこと書いてた。)
予告の時点でレトロフューチャーなルックで、懐かしくもどこか不穏さもあり、そして空が美しいと感じていた。不穏さはおそらく、表情の無さとロボットの無機質からかな。
本編を観ると、やはり宮崎作品を彷彿とするような、音と演出をまず感じた。空と遠く向こうに鳥と人工物。そこにピアノがぴろん。心つかまれる。ノスタルジーがあるんだけど、風景や文化は見たことないもので、不思議な気持ちに包まれる。
でも、観終わって振り返ると、意外と全体的に薄味だったかなという感じ。なぜだろう。
おそらく、イリスとアルコのボーイミーツガールの主軸にあまり気持ちが傾かなかったからかもしれない。イリスは、アルコが未来から来た、と言ってもさほど驚かない。もうちょっと驚いてもいいんじゃないかな。想像するに、イリスはロボットのミッキがいることで、家族のつながりはぎりぎり感じているけど、映像で映し出される両親との関係は希薄で、寂しさを感じている。これは冒頭のアルコの家族との対比で見せていたから、そういうことなんだろうけど、イリスがアルコを求めてる気持ちが、なんだか唐突に感じた。「ここにいて」というイリスの気持ちはわかるが、伝わってこない。ここの見せ場がエモーショナルでなければならなかったのでは?
ここにはおそらく、別の要素もある気がしていて、それは人物の表情の乏しさやフード描写のそっけなさ、にもあるのではないか。
本作に出てくるキャラの顔は、アジア、ヨーロッパにも見えるミックス的なもので、そこがおもしろいと思うんだけど、リアクションの表情は、泣くという以外あまりフックが無く、共感しづらかった。ここは、近未来だからそうなのかも、とか思ったけど、でもどうなんだろう。それと、10歳くらいの子だからごはんとか美味しく食べるとか無くて、そこもキャラに没入できない要素になっている気がした。でもこれも、未来の話だから、人間は食にあんま興味ないってことだったらそれまでの話なんだけども。
表情でいうと、アルコはオープニングシーンで飛行に成功したときに、喜びの涙を流しているんだけど、そのほか、リアクションでいうと、イリスが寂しい、ミッキが壊れて悲しい、そして涙を流す、みたいなシーンくらいしか無かった気がする。もっと、大きくリアクションしてほしいと願ってしまうのは、ピクサーアニメの見過ぎかなあ。
自分はイリス、アルコの関係性よりも、ミッキや同級生の行動に心打たれた。ミッキは赤ちゃんを見守り、イリスの親代わりをしていて、最後のほうの森林火災のシーンは、神々しく感じた。イリスとミッキの関係性はストレートに伝わってくる。料理やケアのシーンが挟まれていたからこそ、イリスとミッキの関係性には入っていける。
そして同級生。イリスに心惹かれながらも、イリスの気持ちを察して、アルコとともに逃亡するよう協力するあのシーンは、ぐっ、とくる。それは、イリスを影から見つめる彼の表情が差し込まれていたから、そう感じた。
ここからはさらに不満になってしまう。というか、完全に作品の意図から外れて、好みの話になる。
最近プロジェクトヘイルメアリーを観たばかりだから、アルコの世界は、地球から出ていかないんだとか、出ていけばいいのに、と思ったり、レインボーがキーだから、LGBTQの要素が入ってくるのかなと思いきや、結構オールドな家族感が出てて、例えば、アルコが行方不明になったときに、それにテレパシーみたいに母が気づく、とか。同性同士のカップルや家族を出してもいいんじゃないかなあ。
それと、アルコが最後に家族と出会ったときに、両親と姉が年をとっているんだけど、それでアルコは泣くんだけど、ここはまず、アルコは驚いて困惑するんじゃないかなあ、とか。
この映画には不条理や残酷さは描かれていない。子供たちが持っている傷は無いように見える。あるのはイリスの寂しさやアルコが抱いていた窮屈さくらいか。それも現代の若者の、監督のリアリズムなのかもしれないけど、自分はなんだか、その感じとも距離を感じた。なんか人生で、旅とか挫折とかしたことあるのかな、みたいな。本作で描かれる近未来の子供たちに複雑さや折り合いのつかなさを求めるのは違うかもしれないけど、そういうのもあってもいいんじゃないかなあ。だからこそ、その先に出会えた喜び!みたいなものがあるんじゃないか。
いろいろ書いたけど、手書きアニメの味わい深さとか、飛行シーンや3人衆の車が落下していくシーンや、異空間の教室を駆け巡るシーンは心つかまれました。
