ハマった沼は、恐怖の底なしだった~B級映画の誘い~
初恋はゾンビの予感
1970年代、僕はピュアだった。
動物好き。
読む漫画は「ドラえもん」。
キャンディーズでは、ミキちゃんが好き。
「ゴレンジャー」の放映開始を小学生向きの雑誌で知り、期待したのは今でも覚えている。
その後は特撮ヒーロー漬となり、正義の味方に憧れた。
当時のテレビは、こどもにとって危険があった。
突然CMに流れるホラー映画の予告。
直接的な恐怖描写は一瞬でも、こどもには刺激が強かった。
「決してひとりでは見ないでください」
「5分前は、人間だった」
映画につけられたキャッチコピーも秀逸なものが多く、これまたこどもの恐怖心を煽った。
普通にテレビを観ていて、突然恐怖の宣伝に切り替わるのだから、こどもはたまったものでない。
僕の勝手な推論だが、これでホラー映画が嫌いになった人も少なくないのではないかと思う。
ところが、自我の芽生えというやつか。
次第に、その恐怖をみてやろうという気になってきた。
「サスペリア」「ゾンビ」「エクソシスト」。
とりあえず、幼少の僕を苦しめた3大作品が候補となった。
最初は布団を被りながらの鑑賞だった。
今ではその感覚が懐かしく、愛おしい。
「サスペリア」から始め、時間を空けて「ゾンビ」「エクソシスト」を制覇した。
鑑賞前の緊張感は半端なく、現在でもその記憶は生きている。
心境の変化が芽生えたのは、「ゾンビ」だった。
主人公らはショッピングモールに籠城し、ゾンビの襲撃から逃れようとする。
ショッピングモール内の物資が使い放題という設定が、なぜかファンタスティックに感じられた。
自分もその環境に入り、ゾンビと闘いたい。
もしかしたら、特撮ヒーローで培われた正義感が発揮されたのかもしれない。
恐怖の関門をくぐり抜け、僕は少しだけおとなになった気がした。
そして、映画のラストに僕は強烈なカルチャーショックを受けた。
ハッピーエンドではない。
物語の先に設置されたのは、抗いようもない紀末観。
この物語はまだまだ続く。
主人公たちは地獄のような世界を今後も生きていかなければならない。
負の余韻は、それまでの僕の価値観を破壊した。
そして、僕は「ゾンビ」の続きを観たくてたまらなくなった。

レンタルビデオの普及で、とんでもカルチャー発掘
ちょうど、その頃からか。
ビデオが普及し始めていた。
ソフトは1本あたり15,000円程度の定価。
とても手の出る値段ではなかったが、そのうちにレンタルビデオが出現。
これで、僕が鑑賞できる映画の幅は格段に広がった。
レンタルビデオ屋が活気づくと、ソフトも次々に発売された。
需要が多いのか、メーカーはロードショー作品でないものも次々にリリースした。
その中には、正統な続編でないのに「○○2」「新・○○」などの邦題がつけられ、多くのピュアなファンを煙に巻いた。
そして、僕は「ゾンビ3」と出逢った。
先に言っておくが、僕が感銘を受けたのはジョージ・A・ロメロ監督作品であり、原題(国際版)は「ZOMBI」である。
一方の「ゾンビ3」は監督アンドレア・ビアンキ、原題「Night of the terror」。イタリア作品でまったく別モノ。
ストーリーのつながりもなければ、監督のつながりもない。共通するのはゾンビだけという、かなり大胆な邦題の付け方だった。

当時はまだネットの普及もなく、なかなか情報が入らぬ時代。
作品を鑑賞して、「これは違う…」と理解するしかなかった。
しかし、あまりに違うクオリティに僕は戸惑いを隠せなかった。
クライマックス、ゾンビに襲われた主人公らは、絶体絶命の危機を迎える。
この状況をどうやって打破するのか。
この作品を真剣に観ていた僕は、少なからず期待した。
A級作品なら、思わぬアイデアで主人公は救われることだろう。
しかし、B級にはその設定は必ずしも必要でない。
何もなく、ストレートな終わり。
そう、主人公はゾンビに喰われて、それで終わり。
何のヒネリもなく、妙に気合の入った残酷描写だけが劇終を告げた。
僕は絶句した。
絶句のあとに、さまざまなも感情が入り混じる。
消化不良。
後味の悪さ。
期待を裏切られた混乱。
そして、再び真の続編を探すことへの決意。
このような経験は、一度だけではない。
僕は何度も同じような目に遭い、知らず知らずとB級映画やもっとひどいZ級作品まで鑑賞し、耐久性を養っていった。
「ゾンビ」の感動を再び味わうため、僕の人生はゾンビまみれと化していく。
やがて、その対象はゾンビに限らず、ホラー全般に広がり、さらにホラー以外のヘンテコ作品まで広がっていった。

低級映画は、世界各地に散らばっている。
特にアメリカはインディーズ・レーベルも多く、そういうものもしれっと日本で発売されていたりする。
映画レビューをみると、「つまんない」「時間の無駄」「お金返してほしい」との感想を目にする。
たいていは、ロードショー級映画しか観たことのない人が、勘違いして低級作品を観てしまったのだろうと思う。
しかし、常にそれらの作品に触れてきた僕にとっては、新たなカルチャーショックの機会でもある。
全編、感覚のズレたジョークが散りばめられたもの。
生理的な我慢を強いるもの。
主人公にまったく感情移入できないもの。
セリフが下品すぎるもの。
まったく意味不明なもの。
低級映画は、僕に新たな刺激を送り続けてくれる。
ワールドワイドの、奇妙な映画の世界。
僕はそこから抜け出せず、「週末はB級映画」の人生を送っている。
誰と語るわけでもない。
喜ぶのは自分だけでよい。
願わくば、「ゾンビ」の感動をもう一度。

