【個人的な話】年収200万ダウン。放射線技師から医療ベンチャーに転職して直面した「市場価値」の話
こんにちは。元・診療放射線技師で、現在は医療PM(プロジェクトマネージャー)をしている「ノリ」です。
(今日は「My Whoのノリ」としてではなく、一個人のリアルなキャリアの話としてお読みいただけると嬉しいです!)約5年前くらいの話です。
普段はクラウドファンディングの準備やらメディカルタレントと共同で実施するトーク企画・ポップアップイベント企画などやっていますので、もしよければ覗いてみてください。
さて、本題です。
■ 年収200万ダウン。異業種への転職のリアル
結論から言います。 放射線技師として年収約530万円(夜勤なし・バイト込み)をもらっていた私が、医療ベンチャーに転職して提示された年収は、約330万円でした。
当時の私は、「医療現場の知見 × 異業種」を掛け合わせれば、希少性が高まり年収も上がるはずだ!という仮説を持っていました。(よく言われる「1万時間の法則」のような掛け算ですね)。
しかし、蓋を開けてみると現実は甘くありませんでした。 いくら医療の知識があっても、PMや営業といった「他業種のスキル」は完全にゼロからのスタートです。当然、転職市場では「新卒レベル」としてシビアに値付けされることになります。
■ 安定の「技師長」か、未知の「ベンチャー」か
実は転職の際、勤めていた病院の放射線科部長から「新病院の技師長」のポジションと、年収600万円のオファーを提示されていました。
臨床の仕事には強いやりがいを感じていましたし、何よりその時は子供が生まれる年だったんです。600万円の安定をとるか、330万円のベンチャーへ飛び込むか。天秤にかけて、非常に悩みました。
それでも私がベンチャーを選んだのは、放射線技師としての給与の「天井」が見えてしまっていたからです。「600万に到達した後は、基本は横ばいになるだろう」という予測がありました。 だからこそ、「なんとしてでも早いうちに、天井ができるだけ高い世界へ行かなければ」という想いが先行し、必死の思いで決断しました。
■ 葛藤があったからこそ、今のプロジェクトがある
なぜ今回こんな実体験をお話ししたかというと、この痛烈な経験こそが、現在私が「My Who」のプロジェクトを進めたいと強く思う原動力になっているからです。
「臨床で働きながら、強固な給与基盤を作りつつ、安全に新しい挑戦ができる場所」がほしい。
あの時、もしそんな環境があったなら、私は今も放射線技師を続けながら別のことにもチャレンジしていたと思います。当時の医療現場には「外で稼ぐ=バイト(あるいは先輩のようにFXをやるか…笑)」くらいしか選択肢がありませんでしたから。本当はもっとあったのかもしれませんね。何も知らなかったのかもしれないです(笑)
■ もっとディープな話は、またどこかで。
本当はもっと深い泥臭い話も書きたいのですが、長くなってしまう且つ、オープンだと話せない内容があるのでので今回はここまで。
転職した医療ベンチャーでの失敗談や転職活動中のハードシングスも、興味がある方がいれば、ぜひお話しさせてください。
誰かのキャリアのヒントになれば嬉しいです。
元・診療放射線技師、現在は医療PMの「ノリ」でした。
ではまた!
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