【芥川賞を読む1】おいしいごはんが食べられますように/高瀬隼子
見たくない現実
今作が芥川賞を受賞したあと、Amazonでこんなレビューを目にしました。
「こういう現実を忘れたいから、本を読んでいるのに」
全くもってそのとおり。見たくもない現実を突然矢のように放ってくるなんて、高瀬隼子はなんて作家でしょう。
私も受賞当時、お菓子を捨てた踏んだのくだりで、キャラ達がやってることのあまりのレベルの低さに驚愕しました。
「それじゃあ、二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」
あかんやろ。普通に。
しかし、この邪悪な三角関係、意地悪されたほうの芦川さんが勝利致しました。
ほんとに、だいたいいつもこういう場面で勝つのは頑張ってる女の子、押尾じゃなくて、か弱くて守ってあげたい女子代表芦川さん、なんだよな。
確かにこんな現実見たくないよ。読書好きさんみんな人に頼れないもんね。とくに男性には。
しかし、この本を読んだ人なら二谷の腹の内も充分聴こえているはずですね。
それでも、芦川さんが勝者になりえるのでしょうか?
あえて「芦川さん」に感情移入してみる。
そう、作者が押尾パートだけ一人称で書いている理由は、読者が押尾に自然と感情移入させるためだと思われます。
しかし、作者以上に性格の悪い私は、ここでわざと芦川さんに感情移入するように読んでみたいと思います。
なぜかというと、芦川さんの「職場の人に手作りお菓子をふるまう」という行動の根底に常に迷惑をかけ続けている職場の人に対して自分の得意なことで埋め合わせをしていると感じるからです。
いやいや得意分野が料理だったら飲食店で働けばいいでしょ、というのは正論ですが、芦川さんみたいなタイプは料理=労働に変わったらすぐにできなくなってしまうでしょう。
生まれつき労働に向いていないタイプ。自分が向いていないことは実家の犬の世話さえもろくにできない。
しかし、彼女には弟がいます。
だから、男という生き物が女のためになんでもしてくれることを知っているのです。
男の使い方を心得ているわけです。
本能で、男にしがみつけば弱くても、生きていけることを知っている。そして、すがりつく男は多ければ多いほどいいのです。
だから支店長とそばを食べに行くし、しれっと食べすぎて具合悪くなっちゃったアピールも欠かせません。そして、藤さんに抱きついたりもする。
作者は芦川さんが悪役になるように仕向けていますが、彼女の「生きにくさ」も相当なものだと思います。
終盤、押尾との取引先の帰り猫を助けるくだりで
帰り道、芦川さんはわたしのことすごいすごい尊敬する、って褒めていました。……中略
わたしも押尾さんみたいに強くなりたいって。
と言っていたのは本心でしょう。
でも、弱い人間は自分と向き合えないんです。
だから他のもので埋め合わせをするんです。
それは二谷とのセックスだったり、職場の人に対してのお菓子作りだったりします。
お菓子や自分の体を差し出すことで相手にも罪悪感を与えて、結果的にこの職場を支配しています。
そして、一番芦川さんに支配されているのは付き合っている二谷でも職場の人でもなく、押尾です。
読者が思っている以上に、芦川さんは男にチヤホヤされるために行動しているわけではない、ということわかって頂けたでしょうか。
そして、チヤホヤされたいのも押尾のほうです。
甘えられない女
チアリーディングをしていた体育会系で女社会で生きてきた押尾は、芦川さんのように上手く男子に頼れません。
芦川さんのように無能で怠惰な人がまわりに配慮されてることが許せない。
本当は周りの人間にチヤホヤされたくてしかたありません。
やればやっただけ、評価されて認められる世界にいたのでこの世界の不条理にまだ慣れていないのです。
悪口と噂話を交互に出し合って共通の敵をつくるという、女同士の絆を深めるために最も効果的な方法を、気になってる相手、二谷に繰り出してしまいます。
押尾って、現代に生きてる女子の悪癖、全て持ち合わせているキャラなんですよね。
嫌われたくないから自分を出さない、嫌いな女を何かにつけて悪く言う、共感してくれた相手を共犯者に仕立てる。
落ちるところまで落ちてるのに、自分はそれに気がついていない。
押尾にならない方法としては
自分の欲望に素直になること。
正直に自分を出すこと。
無理しないこと。
人を頼ること。
異性に愚痴をこぼさないこと。
悪口、噂話はほどほど。
人と比べるのを話やめること。
これに尽きるなと思います。
本当に、芦川さんは恋に勝利したのか
二谷は食に興味がない。
なのに料理が得意で料理をしなければ正気が保てない芦川さんと付き合う理由がわからない人もいるかもしれません。
なんとなくかわいいと思っていた時よりも、彼女の弱いところばかりに目が行くようになった後の方が、想像の中の彼女は色気を放った。
22pより引用
二谷は、頼りない、弱い感じの優しい女性が好きなのだけど、線が細く小柄で表情にとげのない女性の中でも、弱々しさの中に守られて当然、といったふてぶてしさがあると妙に惹かれる。
この引用からわかる通り、二谷は芦川さんに恋をしているというより、性的に惹かれていることがわかります。そして、嗜虐心までそそられています。
二谷は芦川さんを「毅然が足りない」だの「尊敬するのを諦めた」と散々言っているのですが、うまくいってるカップルというのは、男性側が女性側を尊敬している、見上げている関係性が多いのです。
二谷は芦川さんの無駄に食にこだわる姿勢と、他の男にも色目を使うことにストレスを感じています。
そのストレスが芦川さんが作ったお菓子を潰したり踏みつけたりする加虐につながっているんですね。
ただ、この時点で二谷と芦川さんは交際はしていてもまだ同僚なのです。
読んでるみなさんは、お菓子を捨てる云々の場面下らなすぎて反吐が出ませんでしたか?
物語が進んで、二谷と芦川さんが籍を入れて夫婦になり同じ屋根の下に暮らしたら、その加虐性がお菓子でなく、どこに向かうかなんとなく、わかると思います。
下らなすぎて反吐が出るけれど、コレ、どの職場にもあることなんですよね。
そしてこういう夫婦から子供が産まれます。
なんかこう……不幸というのはこうやって量産されていくものなんだな、と思うと、下らないと言って目を背けたくても背けられません。
大切なのは自分の欲と向き合うことと相互理解
私は、すべての女の子にがんばるのは罪と言いたいんですけど、難しいね。
努力が美徳の世界にいた女の子はどこまでも頑張っちゃうんです。頑張ったら好きな人に認めてもらえる、と信じて頑張っちゃうんだ。
だけど、男というのは女の努力に全く興味がありません。むしろ、頑張れば頑張るほど人権がなくなります。人として扱われなくなります。雑に扱われるようになり、だんだんと狂っていきます。
社会人が、「いじわるしませんか?」といじめを共謀するなんて、もう正気の沙汰じゃないですよ。
ラスト、二谷は押尾をかばいもしませんでしたね。人扱いすらされてない。
これはオカルトですけど、いじめ、悪口を言う人は絶対にしっぺ返しが来ます。
押尾は、二谷のことが好きで、周りからチヤホヤされたいけどされない。という自分の欲望にうまく向き合えなくて、それを芦川さんの仕事やらない問題にすりかえているところが見受けられます。
ちょっと前に「職場の困った人をうまく動かす心理術」と言う本が炎上しましたが、理由を突き詰めると皆、「困った人」にも何かしらの原因がある、というのを理解しているし、理解して欲しいから怒ってたんですよね。
芦川さんにも仕事ができない理由があります。
このまま、読者の怒りの矛先が芦川さんに向かってしまうのかと思うと、私は、ちょっとやりきれない。
嫌いなひとを理解しながら擁護するのは難しいけど、それをやらないと押尾みたいに、自ら地獄に足を踏み入れちゃうんだな。
やっぱり、自分の欲と向き合うことと、相互理解。これが大切だなと改めて理解させられた小説でした。
芥川賞には理由がある。

