高校生物の授業で3Dスキャンを活用してみた! 〜地域資源×デジタル〜
3Dスキャンとは,現実の物体をデジタルの立体としてデータ化する技術です。最近だと専用の機材がなくてもスマートフォンやタブレットで簡単に3Dスキャンができるようになっています。
今回は,その3Dスキャンを高校の生物の授業で活用してみたので,その内容をまとめたいと思います。
また,3Dスキャンを行う対象は南さつま市で水揚げされる深海魚です。地域資源を活用しつつ,最先端の技術に触れられる授業を目指しました。
3Dスキャンの活用に至った背景
高校の生物の授業で3Dスキャンを活用しようと思った理由は3つあります。
① 地域資源を活用した教材としての面白さ

私が務める高校がある南さつま市では深海魚が水揚げされます。
令和3年から南さつま市とタッグを組んで,水揚げされる深海魚の利活用を探ってきました。(大まかな流れは以下のリンクをご参照ください)
学習指導要領解説において生物基礎は「季節や地域の実態などに応じて生物の素材を選び,生物や生物現象に対する興味・関心を高めさせるように配慮することが必要」とされています。
また,南さつま市で水揚げされる深海魚はこれまで混獲され廃棄されている現状もあり、生物素材として深海魚を活用することで、地域資源の有効活用に貢献できるのではないかと考えました。
② 3Dデジタル生物標本としての価値

本校は令和6年度のDXハイスクールの採択校になっており,デジタルも活用してみたいという思いもありました。
また,XR領域を鹿児島で広めたいという熱い思いをもつ友人のXR Meetup Kagoshimaの鮫島さんに相談したところ深海魚の3Dモデル化とXRの活用についてアイデアをいただきました。
さらに九州大学は2022年に世界に先駆けてリアルな3Dデジタル生物標本を公開しており,これを授業の中で取り扱ったら面白いのではないかと考えました。
これまで深海魚プロジェクトを生徒と一緒にしていて,本物の深海魚を取り扱うのはかなりハードルがあると感じていました。
授業でちょこっと見せたい時でも,水揚げされた深海魚を学校まで送っていただき,見せた後も廃棄に手間がかかるなど課題はたくさんあります。
しかも,水揚げは天候にも左右され,欲しい時期に欲しい深海魚が手に入る保証はありません。
それだったら,本物には及ばないかもしれないけど,深海魚の3Dデータがあれば気軽に生徒に見せることができるのではないか。
僕はここに3Dデジタル生物標本の可能性を感じました。
③ Z世代に向けたデジタル技術を活用した授業の研究

さらに,今の高校生たちはいわゆるZ世代と呼ばれ,デジタルネイティブな生徒が多いです。
これだけ時代が変化しているにも関わらず,授業で使う教材が教科書や資料集の紙媒体と動画だけではもったいない!
これにXRの技術も活用できたら面白いのではないか。
なんなら,生徒自身に3Dスキャンをしてもらったら,発展目まぐるしいこのデジタル時代を生きていくことになる生徒たちの糧に少しでもなるのではないか。
そう考え,3Dスキャンを授業で活用してみることに決めました。
使用するツールの条件と最適解
世の中には3Dスキャンができるツール・製品はたくさん販売されています。
深海魚の3Dスキャンのツール選びにあたって,気をつけたのは以下の3つです。
① 生徒みんなが使えること

製品として売られている3Dスキャナーと呼ばれる機器は安くても一つ何万円とします。
このインフレの世の中において,教育業界はますます資金的に厳しい現実を見ています。
だから,DXハイスクールで導入したのも2台だけ。でも,せっかくやるなら授業を受ける生徒全員に体験してもらって試行錯誤してもらいたい。
そのため生徒みんなが使えることが条件の一つでした。
② 簡単に使えること

生徒みんなが使えるのはもちろん,操作も簡単でないとなりません。
授業する側にとって,生徒の個別のトラブルシューティングは少ない方が良いに決まっています。
そのため,操作が簡単であることも大切です。
③ いろんなデータ拡張子に対応していること

スキャンしたデータをXRや3Dプリンタなどで活用するためにも,出力できるデータの拡張子が多いに越したことはありません。
stlやglbなど多様な拡張子に対応できることが求められました。
最適解はScaniverseでした

これらの条件を満たすものは,スマートフォンやタブレット端末を使って簡単に3Dスキャンができるアプリ「Scaniverse」でした。
Scaniverseは「ポケモンGO」で有名なNiantic社が提供しているアプリで動画を撮影するように3Dスキャンを行うことができます。
本校の生徒は全員がiPadを持っており,無料で使用できるScaniverseなら生徒全員が3Dスキャンを行えるのではないかと行き着きました。
授業の流れ
3Dスキャンを授業に活用するにあたって,気をつけたことは3Dスキャンを目的化しないことでした。
あくまで3Dスキャンは生物に興味を持ってもらうための一つのツールで,生物教材としての深海魚を生物の授業の中で取り上げながら,3Dスキャンへとつなげることを大事にしました。
大まかな授業までの流れは以下の通りです。コマ数はあくまで大まかな数で,状況に応じて時間を厚くとる授業もありました。
1コマ 【講話】南さつま市役所商工水産課担当者を招いての授業(生物の多様性と共通性)
2コマ 【課題】深海の生物はどのようにエネルギーを得ているのか(生物とエネルギー)
3コマ 【フィールドワーク】野間池漁港で漁師さんからの講話・漁港見学
4コマ 【実習】深海魚の観察と解剖(体内環境と情報伝達)
5コマ 【講話・実習】XRとは何か?・3Dスキャンに挑戦してみよう①
6コマ 【実習】プレゼン・3Dスキャンに挑戦してみよう②
7コマ 【振り返り】3Dスキャンしたモデルの活用について(生態系と生物の多様性)知る→考える→体験する→振り返るといった流れを大切にし,約半年かけて3Dスキャンの授業にたどり着きました。
授業の実際
この授業を全部書くと,何万文字という壮大な文章になるので,3Dスキャンのところだけをピックアップしてまとめます。
5コマ 【講話・実習】XRとは何か?・3Dスキャンに挑戦してみよう①

XR Meetup Kagoshimaの鮫島さんに県内外のXRの活用事例についてお話いただきました。
…XRって何?
という状態の生徒にわかりやすく,その魅力や国内外の事例について丁寧に説明をしていただきました。
その後,九州大学が取り組んでいる3Dデジタル生物標本について生徒に紹介し,これまでの生物標本の概念を大きく転換させる取り組みであることを意識してもらいました。
その後, 生徒全員にiPadアプリのScaniverseを使って自分の持ち物をスキャンしてもらいました。
いつも積極的に授業に参加してくれる生徒たちですが,3Dスキャンに興味深々でいつも以上に積極的に実習に臨んでくれました。
授業の終わりには,実際にスキャンした3Dデータは動画として出力してもらい発表資料としてまとめてもらう課題を提示しました。
6コマ 【実習】プレゼン・3Dスキャンに挑戦してみよう②

授業冒頭に前回の授業振り返りとして,まとめた資料をもとに3Dスキャンして気づいたこと・利点や難しさなどをグループ内で発表しました。
はじめてのことでうまくいかなかったという生徒もいましたが,授業の後も試行錯誤してスキャンしたという生徒もいました。
発表の後は,南さつま市の深海魚の3Dスキャンへの挑戦です。
この授業では3Dスキャンをうまく行うことではなく,対象物(深海魚)をしっかりと観察すること,3Dスキャンを体験することを大きな目的としているため,スキャンの精度は求めませんでした。
しかし,どうやったらうまくスキャンできるかといった課題に対して,試行錯誤することは意識してもらいました。
実際には魚の表面がテカテカしているためフォトグラメトリによる3Dスキャンはうまくいかないことが多く,精度良くスキャンするためには丁寧に試行錯誤する必要がありました。
「もう少し早く動かした方がいいのかなぁ」
と生徒なりにスキャンがうまくいかない原因を考察する様子も見られました。
完成した3Dモデル

このような活動の試行錯誤を通じて完成したモデルは,本校サイエンスクラブの公式noteからリンクに飛べるようにしています。
アプリの特性上,細かいところや薄いところなどはうまくモデル化できていませんが,授業で紹介するために見せるのには十分なものになっていると感じています。
それに,一番大事なのは完璧な3Dモデルを作成することではなく,3Dモデルの作成を通じて,観察することや試行錯誤すること,楽しかったという印象を残してもらうことだと思います。
生徒の反応(アンケート結果)
授業を受けた生徒にアンケートに協力をいただきました。
① 3Dスキャンを活用した生徒の意識


図1・2のいずれのアンケート項目でも、多くの生徒が3Dスキャンを活用した授業に好意的な意識を持っていることがわかりました。
② 授業に対する意欲


図3ではどちらでもないと答える生徒もいましたが、普段の授業に加えて3Dスキャンなどのデジタル技術取り入れた授業を実施することで,ほとんどの生徒が授業前より生物に関心を持つことが示唆されました。
今後の展望

実践を通じて,3Dスキャンなどのデジタル技術は,デジタルネイティブなZ世代の生徒の興味関心を喚起する一つの強力なツールになると実感しました。
また、学術研究においてもフォトグラメトリなどデジタル分野の事例は増えているため、生物の授業を通じて学術研究の一端に触れるための機会になることも魅力の一つだと感じました。
もちろん,デジタルを活用することが目的化することは教育者として避けないといけませんが,今後デジタルを活用していくであろう生徒たちの学びにとって今回の実践は一つの糧になったのではないかと考えています。
また,実践するにあたり、南さつま市役所商工水産課・野間池漁港・XR Meetup Kagoshimaなど多くの専門分野の方々と協働し協力体制を構築することができました。
文科省は「地域とともにある学校」を推進しており、学校だけでなく地域と一体となって育むことを重要としています。
今回の実践は単に学校だけでの取り組みではなく、地域資源を生かす授業を地域と連携して進めることを大切にしています。
今後は,さらに地域の資源を活用できるような授業を協働体とともに作り上げたいと考えています。
謝辞
今回,この実践を行うにあたって,南さつま市の担当者はもちろん,鹿児島県漁業協同組合南さつま野間池支所,XR Meetup Kagoshimaの鮫島さんに大きなご尽力をいただきました。
また九州大学持続可能な社会のための決断科学センターの鹿野雄一特任准教授には生物のフォトグラメトリについてアドバイスをいただきました。
さらに,笹川平和財団 海洋教育パイオニアスクールから助成をいただき,この取り組みを進めることができました。
この場を借りてお礼申し上げます。
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