てるてる坊主
我が家の長女。よく私の記事に登場するが、ちょっと変わっている。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
コジも、相当、変わっているけれどね。
その長女が、晴れ女と自称し、それがまんざら嘘でもないということを記事にしたが、そういえば、ということで、思い出したことがある。
実は、長女は、部屋にいつも、てるてる坊主をかけている。そして、ここぞ、というときに、ベランダの窓の近くに置いている。

長女の誕生日が9月の末にあり。その日、ディズニーランドに遊びに行った。朝から雨で。そして、昼頃、こんなコメントが、LINEに入ってきた。


心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
恐るべし、晴れ女。
常識的、論理的には、てるてる坊主が晴れに効果があるとは、証明できないだろう。そして、晴れ女というものも、恐らくは、存在しないだろう。それは、『天気の子』などのような、フィクションの世界にしか、存在しない。たぶん。
だが。
人にとって、信じるということは、すごく大切なことなんだろうと思うのである。
根拠の無い自信。盲信というよりも、そこには、祈りのようなものを感じる。
祈りというものも、科学的には何の根拠も持たないかも知れないが、ひょっとしたら、魂の奥底で、何らかの、未来を変える力になることがあるのかも知れないのだと思う。
宗教だとか、信条だとかいうものとは少し切り離したところで、信じること。祈ること。そういうことは、すごく大切なのではないかと思う。
そう言えば、長女は。昔から、祈ったりすることが多かった。今でも、氏神様に、できるかぎり毎日足を運び、祈る。てるてる坊主も、幼い頃からの習慣で。そして、経験上というか、自分のことを晴れ女だと思っている。自己肯定していて、前向きだ。
祈る、信じる。こういう姿勢の大切さを、長女のてるてる坊主を見るたびに、気付かされるのである。
長女の許しを得て。てるてる坊主は、今、私の机のすぐ横にある。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
賞味期限シールがあるが、まあ、それは、気にしない。気にしない。

何かあれば、長女は、ここからベランダの窓辺に、また、てるてる坊主を持っていき、手を合わせて晴れを祈ることだろう。
そしてまた、晴れ女として、笑顔で闊歩していくのだろう。
そういう姿は、見ていて、実に、晴れやかで美しい。

■追記■
面ゆるって、なに?
それは、これ。西尾さんはじめ、みんな、面白い作品をあげていて。
私は、そこそこの過去記事をあげています。
もしも、お時間があれば、みんなの作品、読んで頂けたら幸いです。
