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「大学不要論」と教育の未来

https://www.youtube.com/live/JTCSS7H0jh8

ーーーーー引用ーーーーー
著書「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」で知られる京大卒の文芸評論家・三宅香帆氏(30)がゲスト出演。番組で「日本の経済状況」の話題になると、三宅氏は「私は京大出身なので、友達にエリートが多いんですけど。それでも生活が厳しいから“子供を生むのをやめておこうか”って」と語っていた。

 これを聞いた堀江氏は「あのね、それは考えが古いのよ。今、京大なんか通ってるヤツって本当にバカなのね」とバッサリ。「俺の時代はちがうよ。今の時代に大学行くのはマジでバカよ。こんなSNSが発達している時代に、わざわざ金をかけてくだらない学問を学びにいくわけよ。バカみたいな教授いっぱいいるでしょ、本当にバカだと思うよ」と強烈な持論を展開した。

 さらに「起業してもいいし、今の若い子はライバーで投げ銭もらったりしてんじゃん」というと、三宅氏は「ライバーで、大学に入ってない子がどうやって学を身につけるのかっていう」と指摘。これにも堀江氏は「学はネットで身につけんだよ。あなたたちは貧困だと思い込んでるバカなんだよ!」と吠えていた。
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私は長年、受験指導や教育に携わってきたが、教育に関する私の考え方は堀江貴文氏(ホリエモン)の意見とほとんど同じである。現代において、受験という制度はほとんど無意味であり、学校に通うことそのものが時間と金の無駄以外の何物でもない。多額の学費を支払い、無益な時間を過ごす――これが今の学校教育の実態である。

数十年後には「あの頃、学校という制度が存在し、多くの金を払わされていた。それは詐欺のような制度だった」と振り返られる日が来る。何の役にも立たないのに、さも重要な存在であるかのように振る舞い、給与を受け取っている教員や大学教授は、将来的には「給料泥棒」のように扱われるだろう。堀江氏が指摘していることは、今は少数派の意見に見えるかもしれないが、AIが一般に普及したとき、その予測は現実のものとなるはずだ。

学校の無用化と大学教授の凋落

AIが普及すれば、学校は不要になる。大学に通う意味も失われ、大学教授の存在価値も消滅するだろう。大学教授という肩書は、かつての武士と同じ運命を辿る。江戸時代には武士という身分が崇高なものであったが、現代において「武士だ」と名乗っても何の価値も持たないのと同様に、大学教授という肩書も時代遅れになる。

大学教授は今でこそ知識人の代名詞とされているが、その価値観は変わる。プライドが高い割に実際には何の役にも立たない――そう評される日が来るだろう。そして、多くの教授が職を失い、ホームレスのような生活を送ることになるかもしれない。
しかし、それで怒るような人間は大学教授として失格である。学問を追求するためにその職業を選んだのではないのか。たとえホームレスになっても、学問に生きる覚悟があるべきだ。もしその覚悟がないのなら、即刻辞職すべきである。真に学問を追求する者にとって、物質的な快適さや社会的地位は不要である。乞食のような生活を送りながらでも学問に邁進する――これこそが真の大学教授の姿である。

大学の再定義と学問の再生

大学が時代に取り残され、役割を失った後、そこに残るのは学問を心から追求したい者たちである。AIの波に乗り損ねた者たちが大学に集まり、新たな形の学問の場が生まれる可能性もある。こうして、大学は本来の「学問を探求する場」として再生するのかもしれない。

現在の大学受験競争や大学の序列は、ただの茶番劇である。今後、大学が「賄賂で学歴を買う場所」と化す可能性すらある。実際、一部の経営難に陥った学校では、理事長に金を渡せば合格を得られるという噂が業界内で囁かれている。このように大学は巨大なビジネスとなりつつある。補助金での延命が受けられないのなら学歴という商品を売るしかない。しかし、それが質の低下を招き、さらに悪循環に陥る。

だが、真の学問を追求するための場が復活するならば、それはホームレスの集まりのような潔白な場所であるべきだ。金儲けの道具ではなく、純粋に知を求める者たちが集まる場――これが未来の大学の姿であるべきだ。

教育の未来と個人の自立

学校という存在そのものが今後の日本から消え去る可能性が高い。文科省を支えてきた多くの衆議院議員が落選したことも象徴的である。今や文科省の力は衰え、学校という概念は縮小の一途を辿るだろう。

これからは、AIを活用し、自ら学び、自ら道を切り開く時代になる。旧来の「学校を出て社会人になる」というモデルは崩壊しつつある。個人が学び、自立し、自分自身の力で未来を作る――これがこれからの世の中の姿である。教育の形が大きく変わる激動の時代を迎えつつある今、この変化にどう向き合い、適応していくかが問われている。


さて、話は変わるが、文芸評論家・三宅香帆氏が出ていたので、私が好きな作家を紹介する。
私は柴田錬三郎の大ファンである。

時代小説が有名だが、私は柴田錬三郎の現代小説2作をここで推薦する。
今の世の中に違和感を覚える人はぜひ読んでみてほしい。心にグッと突き刺さるはずだ。

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