瞑想者の意識体験
日々のストレスや疲れを感じ、「何かリラックスできる方法はないか」と考える人は多いかもしれません。そんな中、「瞑想がいいらしい」と聞いて試してみる人もいるでしょう。しかし、最初は「じっと座っているだけで何が変わるの?」と感じ、すぐに飽きてしまう人もいるかもしれません。
実際、瞑想を始めたばかりの人の多くは、雑念が浮かび続けたり、体のあちこちが気になったりして、思ったほどリラックスできないと感じるものです。「結局、自分には合わないのでは?」と思ってやめてしまう人もいるでしょう。多分、ダイエットと同じくらい、継続している人は少ない。
瞑想を続けると、何かが変わる?
それでも続けているうちに、「なんとなく気持ちが落ち着く」と感じる瞬間があるかもしれません。「今、自分は呼吸しているな」「背中が痛いな」と、体の感覚に敏感になる人もいるでしょう。
ある人は、「体の感覚を観察している自分」と「体そのもの」が分離するような、不思議な感覚を味わうかもしれません。これは、ただのリラックスとは違い、自分を少し俯瞰して見るような、新しい感覚です。
「自分の体は本質ではない」という気づき
瞑想を続ける中での体験は人それぞれですが、それでも知識の観点から、一定の体験を経ることは分かります。その一つが、「自分の体と意識が分離している感覚」です。人は普通、当然のように「身体は私である」と考えています。そんなことは考えないくらい、あまりにも当然のこととして。ですが、瞑想や施術を受けることで、誰もが「身体と私は別のもの」であることを実感します。
それは例えば、自分の体を「乗り物」のように感じる感覚です。痛みや疲れを感じていても、それを観察するもう一人の自分がいる感覚もそうでしょう。
身体とぴったりとくっついていた「私」が、身体から離れる。逆に言うと、人は常に「身体は私である」という”不自然”を強いられている、ということです。
この気づきによって、日々の悩みやストレスの捉え方が大きく変わります。例えば、体型や外見のコンプレックス、疲労や老化への不安も、「それは本当の私ではない」と思えるようになり、気持ちがずっと楽になる方もいます。
ひとつだけ補足すると、これは「身体とのつながりが無くなる」ということではありません。「身体は私ではない」と気付く。身体には大切な役割があり、それを無視したり放棄するわけではないのですが、それはまた別の機会に。
瞑想がもたらす自由
もし、「体に縛られない感覚」を得ることができれば、外見や疲れ、老いに対する不安が軽くなるかもしれません。世俗的な意味で、瞑想にはたいへんな価値を生む可能性があります。それをさらに深めた時に、瞑想を通じて「体の枠を超えた視点」が得た、その先を目指す方もいるでしょう。
「ちょっと試してみようかな」と思った方は、短時間の瞑想から始めてみてはいかがでしょうか?1日5分でも、静かに目を閉じて呼吸を観察するだけで十分です。そこから、思わぬ気づきが生まれるかもしれません。
