ちょい読み 2025/ 9/ 8
・ 『戦後日本農業の変貌』 農文協文化部 著(農文協 1978)
【千夜千冊・以外】 97 / 244 頁
昭和29年170万とんの米の輸入があったが、
漸次減少し、昭和36年にはわずか8万トンの輸入におさえ、
米の国内自給の目標は農家の手によって達成されたのである。
昭和36年と言うと、1961年。64年前か。農家の方々も戦ってきたのだ。
「自民党」の事を、米国支配層の出先機関と言ってた人がいたが、
まさにそうなのだろう。しかし、農業基本法をつくったのは、官僚か。
”食糧自給”の本丸への攻撃
コメの輸入量が8万トンを割った昭和36年、その年に「農業基本法」が成立
「農業は人間にとってもっとも重要な食糧、生命の源を生産している」
という農家の考え方を喪失させる。
この考え方を喪失させることができれば、
農業を滅ぼす方向に導くのはいともたやすい。
米の自給の阻止。飼料基盤なしの大規模畜産の奨励。小麦の減産。
この三大目標を実現させることが資本の意志であった。
この三大目標を実現させる道具として、農業基本法が成立させられる。
小麦の減産のことは、頭に無かった。
給食のパンは、アメリカが提供したもの。
アメリカの過剰に余っているものを提供し、
日本人の食の好みを変化させ、米国小麦を拡販していく。
その前に、日本の小麦を減産させる必要があるのだ。
昭和30年代のネガティブキャンペーン「お米を食べると馬鹿になる」で、
小麦に転換したとして、日本の小麦を増産されては困るのだ。
だから法律で、日本の小麦を減らす策を取る。
買取価格を下げたのだったか、年々。
最終的には、日本で、小麦・大麦・裸麦をつくる農家をなくすこと。
さすれば、米国小麦の道が開ける、という思惑。
今も基本的手法は変わらないのだろうけれど、なんにも手が打てない。
代理制民主主義の仕組みを解体したい。
なんの代理でも無いのだ。支配層が都合よく奴隷層を動かす目くらまし。
農業基本法(のうぎょうきほんほう、昭和36年6月12日法律第127号)は、農業に関する政策の目標を示すために制定された日本の法律である。
1999年、食料・農業・農村基本法の施行によって廃止された。
「農業界の憲法」という別名を持った。
・ 『死者と霊性の哲学』 末木文美士 著(朝日新書 2022)
【千夜千冊・以外】 323 頁
言葉が神秘的な力を有することは、日本の「ことだま」にも見られる。
(・・・)
念仏は、阿弥陀仏という名前(名号)に「南無」(ナマス。帰名する意)を付けて唱えるものであるが、単に「阿弥陀仏に帰依します」という、
人間の側からの意志表明ではない。
法然によれば、それは阿弥陀仏のほうから自らの名前の中にその功得を
すべて籠めて贈与したものだという。
(・・・)
念仏における「機法一体」ということを主張した。
「機」というのは贈与される対象であり、
それに対して、「法」というのは贈与する阿弥陀仏である。
(・・・)
そのことを実践で示したのが、一遍の踊り念仏であった。
人が踊るのではない。衆生と仏が一体化した念仏が踊るのである。
われらが、仏と一体になれるのが、踊り念仏か。己の仏性が現れるのか。
