ちょいよみ 2026 03 19
・ 『歴史に学ぶ知恵 時代を見通す力』 副島隆彦 著(2008)
【千夜千冊・以外】 再読 312 頁
南宋の官僚、文天祥の姿絵を思い出し、パラパラと眺めている。
執行草舟氏につながるであろう生き様。
元、フビライ・ハンに従うことなく死を選んだ者に、
魅了され、己の核とする江戸の知行合一者ら。
しかし、副島氏は、ある意味、そちらの様に生きていたとしても、
仏教・儒教・神道を否定した富永仲基を、それに連なる松下幸之助の
生き方が正しいと断言する。
副島氏自身の思想、リバータリアニズムに、日本の商道が近いと。
執行草舟氏曰く、日本の商道も、武士道の影響下にあると。
アメリカのテレビドラマ「大草原の小さな家」のイメージ。
アメリカ西部を開拓していった人たちの生き方。
政府は最小限にし、家族だけの力で生き抜いていこうとすること。
富永はそれに対決して、「誠の道」と言うのだが、それはどうやら現実の人間たちが生きている現実の姿を肯定せよ、という思想のようだ。
現に存在するものを全て認めた上で、頭でっかちの変なくだらない理屈に
とらわれないで、素直に実利的に生きていく思想という意味だと思う。
富永のこの「誠の道」の思想は、現代アメリカにあるリバータリアニズムの思想に近いものだ。
しかし、世界をあらぬ方向へ引っ張ろうとするピーター・ティールや
イーロン・マスクも、リバタリアンだと言う。
テクノ・リバタリアンなどと。
リバタリアンという自力で生きていこうとする場合、
善も悪もなく、どちらの存在にもなれるのだろう。
自力で生きていくが、そして、その環境にも働きかけ、
他者に大きな影響を与えていくテクノ・リバタリアンたち。
彼らのつくる世界は・・・
空海(750夜)の『三教指帰』(さんごうしいき)と
富永仲基(とみなが・なかもと)の『出定後語』(しゅつじょうこうご)によって、「日本人の知」というものがどのように醸成されるべきか、
錬磨されるべきか、編集されるべきかということを
あらかた掴んだと思っています。
・ 『文天祥』 梅原郁 著(ちくま学芸文庫 2022)
【千夜千冊・以外】 55 / 302 頁
文天祥と、その父、そして弟。彼らの物語をどこかで見かけたような
既視感。記憶の混濁か。
・ 『儒教とは何か』 加地伸行 著(中公新書 1990)
【千夜千冊・1205夜(歴象篇)】 130 / 267 頁
