ちょい読み 2025/ 9/14
・ 『秀吉はキリシタン大名に毒殺された』 田中進二郎 著(2020)
【千夜千冊・以外】 246 頁
久々に、副島隆彦さん関連の方の本を読ませていただいている。
副島歴史学の継承とでも言おうか。岡田英弘さんの「ユーラシア大陸
の東の離島としての日本」であるとか、関裕二さんの、もうひとつの
日本古代史解釈であるとか、キリスト教と「ある仏教」の縁であると
かも混ぜあわせられ、当時読んでて面白かった。2010年前後。
副島さん以外の歴史記述を読んできた今、改めて読みたいと思う。
千利休が大成した茶の湯はカトリックのミサ(聖餐の儀式である)
利休の茶道の特徴は、早朝に茶の湯を行うことにあるが、
つまり朝のミサであり、これは1559年に始められていた。
南宗寺が創建されてから2年後のことである。
1573年にローマ・カトリック教会が、
日本人による朝ミサを正式に承認している。
携帯祭壇(茶室)を使って行うミサは、聖別された教会以外でも、
ーただし品位ある適切な場所でー夜明け一時間前に点て、
また必要であれば午後でも点てることができる。
1573年9月8日 グレゴリウス13世ちょ勅許
これ、言っちゃってたんですね。
利休の身内に、隠れキリシタンがいるのなら、利休もその可能性はあるし。
しかし、中世につくられた日本文化が、現代では「日本らしさ」の象徴と
なっているが、それが、キリスト教の影響下にあったとなると、
時が過ぎ、彼らの子孫は「茶道」を何と言っていたか。
「日本の文化は、我々がつくったものだ。」かな。
日本という世界の周縁に位置する回廊国家(コ―リダー・ステート)の
知識人は、その時々の世界帝国の政治と文化を受容して、転向する。
仏教徒が儒学者になったり、禅僧が裏でキリシタンになったりする。
禅の影響下にある「茶道」は、「ミサ」だとして、
他の、禅影響下の日本文化はどうなのでしょうか。華道は?
利休が、隠れキリシタンのグルだとして、
反キリシタンに転じた秀吉が、利休に切腹を命じたのは、自然の流れかと。
(昔の事を考えるのは、現実逃避か。
北米の先住民が殺されたように、
今まさに、「日本人」が「日本」から駆逐されようとしている。
パンデミック条約が締結され、♨チン接種が義務化となれば、
敵は全ロットについて、ダメージ物質を仕込むかな。
♨チン強制接種から逃れる方法は?
死を覚悟し、1日1日を大切に丁寧に生きるか。)
・ 『ホムンクルス 12』 山本英夫 作(小学館 2010)
【千夜千冊・以外】
昨夜、no+eをアップした後、4~8巻まで読み、9~11巻がなく、
12巻を途中まで読む。この後、最後まで読む。
13巻は既に読んでいて、14, 15巻は無い。
1巻で、第三の目あたりの頭蓋骨に孔をあけるんだけど、
この12巻では、既にあいている孔を大きくする。
ドリルを自分で持って。
