もくじ読み 『数学的』(追記あり)
・ 『数学的』 松岡正剛 著(角川ソフィア文庫 2024)
【千夜千冊エディション・30 / 30】
第一章 数学的センス
マーディン・ガードナー『自然界における左と右』
オスカー・ベッカー『数学的思考』
キース・デブリン『数学・パターンの科学』
グレゴリー・J・チャイティン『セクシーな数学』
スチュワート・シャピロ『数学を哲学する』
サイモン・シン『フェルマーの最終定理』
ディヴィッド・バーリンスキ『史上最大のアルゴリズム』
第二章 数学をつくる
ゴッド・フリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ『ライプニッツ著作集』
ピエール=シモン・ラプラス『確立の哲学的試論』
G・ウォルド・ダニングトン『科学の王者 ガウスの生涯』
マイケル・J・ブラッドリー『数学を拡げた先駆者たち』
近藤洋逸『新幾何学思想史』
ダフィット・ヒルベルト&ステファン・コーン=フォッセン
『直観幾何学』
ヘルマン・ワイル『数学と自然科学の哲学』
ハオ・ワン『ゲーデル再考』
デービッド・トール『数学的思考』
第三章 非線形で考える
モーリス・クライン『不確実性の数学』
アンリ・ポアンカレ『科学と方法』
蔵本由紀『非線形科学』
渡辺慎介『ソリトン 非線形の不思議』
ダヴィッド・ルエール『偶然とカオス』
山口昌哉『カオスとフラクタル』
津田一郎『カオス的脳観』
金子邦彦『カオスの紡ぐ夢の中で』
第四章 情緒だって数学である
村田全『日本の数学 西洋の数学』
高木貞治『近世数学史談』
岡潔『春宵十話』
吉田武『虚数の情緒』
森田真生『数学する身体』
スタニスワフ・レム『虚数』
アダム・ファウアー『数学的にありえない』
テントセンブックスさんに「nakaの」本を選んでもらうアンケートで、
苦手な分野を下記とした。
数学・宇宙(物理学)・建築・哲学
本を減らすことを考えたとき、苦手なものから減らせばよいと考えるのが
シンプルだとは思うのだが。
千夜千冊を収集する前は、好きなものだけ特化して本を読んでいた。
ごく一般的なことだと思う。
でも、苦手なものをあえて目の前に置いておく
「必要」もあるかと考えてまして。
そんなこと言っていると、まったくもって本が片付かないわけですが。
本のタイトルや、目次から、書かれていることを想定することから
読書ははじまっている、という松岡正剛さんだけではなく、
本好きの人のセオリー。
千夜千冊エディションの場合、
まず、各本のタイトルからの推測から入り、
章の意味合い、章の中の本と本とのつながりなど。
想定出来れば良いですが、私のようなものにとって、
そのような類推力(?)は無く、ただツラツラするのみ。
⓵なにはともあれ、なんでもセンスが問われる
数学でないものから、数学が生まれてきたわけで、
それを生み出す見えない力は、
「センス」という言葉で言い換えられるのか。
②数学の発生? 数学史のおさらいか。
③非線形とは、現実的な事柄。
いったん、現実にはない「線形的」(抽象的)にものを考えた後に、
現実的な「非線形的」なものを考えていく、ということか。
④数学に含有される「情緒」とは、見えない力、魔術的なものか?
各本に書かれている事への妄想は・・・と書くつもりも無いのだが。
ちょい読みした本からなので、目次読みとは言えないが、
これらの中では、情緒ある数学が、まだ入りやすいかなぁ、私は。
『虚数の情緒』の、入りの部分は、宇宙の成り立ち⇒生物の誕生、
あたりから話が入り、そことの数学へのつながりが語られて後、
本題の「虚数」へ向かっていくのだけれど、その導入部分だけでも
十分に文庫として成り立つような「物語」だった。
著者は、もっともっと引っ張って、虚数の存在まで学んでほしいのだけれど
私は断念しました。面目ない。また分厚い本なんですよ。
それでも、14歳頃に、こういった本に出会っていると、
人生が少し変わりそうな気がする。
追記) 追記というか転載ですが。
この本『数学的』とは、関係ないと言えば関係ないけれど、
私が苦手な「数学」が気になっていて、目にとまったのが
政治思想家・副島隆彦さんの「数学」に関する記事。
数学という暗黒大陸
数学という暗黒大陸という言葉を、
私、副島隆彦は20年前から使っている。
ここに、これから乗り込んでいく。
数学というと、多くの人が高校時代で落ちこぼれる。
だから、ほとんどの人が数学の話など聞きたくない。
私も文科系だから数学は嫌いだった。
高校2年までは一応習ったけれど、ほとんど覚えていない。
しかし、その乏しい知識を土台にしてでも、
数学についてわかりやすく話してみせようと思う。
結論の結論でいうと、
今も数学者たちは、「無限」という考え方をものすごく大事にする。
私たちが中学校でも教わる
√2=1.41421356………とかどこまでも行くのね。だから無限なんです。
どこまでいっても解けない。無理数(irrational number)といいます。
合理的でない数字というか、
割り切れない数字と言ったほうがいいかもしれない。どこまででも行く。
だから、皆さんも習ったでしょう。例の「・・・・」というやつです。
「x=1+2+・・・・」と書く、あれです。
あれがどれぐらい人類を苦しめたか。一言で言えば、それはうそなんです。そんな数字はない。数学者たちが、
「ないのに、ある」ということをやってしまったことで、
どれくらい人類をいじめたか。
しかしこれを、
「そんなものはない」と言い切った立派な数学者たちもいる。
このことも割と知られているんだけど、普通の人は知らないのね。
「無限大というのは存在しない。本当は極限なんだ」という数学者がいる。数学の極限概念は limitの概念なんであって、
unlimitedと言わなければいけない、という説。
これは、恐らく実在に近いですね。
実在というのはこの世に存在するという意味で。数学は数を使うから、
数を実在だということにしないともう成り立たない。
とにかく、数の世界がある以上、無限大というのは要するに無限極限。
そう考えたほうが理屈に合う。
それなのに、「果てしなく向こう側まで」と言うから、
数学がおかしくなっちゃった。
それに対してそんなものはないんだと言ったのが
クロネッカー(1823―1891 ドイツの数学者 ユダヤ系)です。
クロネッカーは私が大好きな学者で、足立恒雄の本にも出てきます。
