ちょいよみ 2025 12 24
・ 『根源へ』 執行草舟 著(講談社 2013)
【千夜千冊・以外】 141 / 492 頁
戦後、何も勉強しない人でもできるようにしたのが現代仮名遣いです。
(・・・)
現代仮名遣いのために日本語の微妙な表現力が消滅してしまいました。
微妙な違い、つまり情感を失ったのです。
ランボーの言葉、<私とは一個の他者なのだ>
「哲学を学ぶことは、死を学ぶことである。」
(・・・)
三島氏は「死は、生きることの目的である。」
消費文明を推進するためには、死を悪としなければならない
本当に死のうと思ったら、体を鍛えるのはあたっり前のことなのです。
体、鍛えてません。つまり。
アメリカは日本を表面的にはいじめませんでした。
つまり、日本人の反骨心を奪ってしまったのです。
ヘーゲルは、その『哲学史』において、
「民族の精神こそが真の個性である」と述べてます。
世阿弥は、その祖母が私の尊敬してやまぬ楠木正成の妹に当たります。
つまり正成の子孫であり武士の出身でした。
能は、武士の系列と言え、だからこそ、信長が舞う。
芭蕉も武士の系列。遡れば、西行は武士がはじまり。華道も武士だろう。
水墨、雪舟は禅であったかと。ここも武士が絡むのか。
茶道。武士も絡んでくるが、キリスト教も関わってくる。
現代の日本文化は、武士以前は、すこし置いておくとして、
西行、雪舟、千利休、松尾芭蕉らのラインにより貫かれている。
武士道がかかわる、ということだろうか。
道元の引用をしていなかった。
・ 『スピリチュアルの冒険』 富岡幸一郎 著(講談社 2007)
【千夜千冊・以外】 79 / 238 頁
・ 『自分だけを信じて生きる』 副島隆彦 著(幻冬舎 2024)
ー スピリチュアリズムの元祖エマーソンに学ぶ ー
【千夜千冊・以外】 019 / 155 頁
この本で確認したかったのは、スピリチュアルのことよりも、
「デカルトか、反デカルトか」ということなのかもしれない。
副島隆彦氏は、デカルトを受け入れている。
