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結婚したら勝ち組?

20代後半。
「インスタが結婚報告、出産報告で溢れかえるよ」

少し上の先輩からそんなことをよく聞いていたが、私にもついにその時が来た。

結婚した途端、未婚の友人たちから、
「私も早く結婚したいな〜」
「夏子はいいよな〜、素敵な旦那さんがいて」
などと「結婚して素敵な旦那さんがいる勝ち組」として扱われるようになった。

そう扱われている以上、今後は「勝ち組」の私が何を言っても嫌味にしか聞こえないのだろう。
私はもう何も反論ができない。


結婚とか、子供とか。
とても繊細な年齢なのだ。


友人は友人なりに、「結婚を曖昧にされてる彼」や「出会いの場の少なさ」に不安を抱いてて、決して悪気はないのだろう。

でも、「結婚したら勝ち組」という価値観が私にはどうしても厚かましい。

私がこれらを厚かましいと思ってしまう理由はいくつかあるが、全て結婚した後に生まれる不安や疑問が原因だ。

例えば。

一度の浮気もせず、この先何十年も夫のことを愛し続けることができるのだろうか。

自分は立派な親になれるのだろうか。
立派な親とはどんなだろうか。

子供が生まれたら自分のことより、子供のことを優先できるようになるのだろうか。
私に母性とやらは備わっているのだろうか。

共働きが当たり前の世の中で、仕事をしながら納得のいく子育てができるのか。

不安はいくらでも出てくる。
「勝ち組」にしかわからない不安だ。

結婚したことで様々な不安と戦っている人間が、単なる「勝ち組」の人間として、一括りにされるのがたまらない。


結婚してもしてなくても、人生は自分の力で進めていかなくてはならない。
結婚したからといって、椅子に座って、
ただ空をぼんやり眺めてればいいわけじゃない。

それなのになぜ、婚姻届という1枚の紙を提出した瞬間に、未婚の友人たちより一歩先を行く「勝ち組」として扱われるのか。

そんなこともわからない私は、変なのだろうか。劣っているのだろうか。

結婚してる人が上で、してない人が下という価値観は、人間の生まれ持った生殖本能なのだろうか。

じゃあ、そもそも私が結婚した理由はなんだったんだろう。
ノリと勢いで結婚を決めた当時の私は、友人たちと同じく「勝ち組」に憧れを抱いていたのかもしれない。


不安が渦巻くこの感情がいわゆるマリッジブルーだったのかは、数年後の自分に問うてみたい。
そしてそれらの不安とどう折り合いをつけたのか聞いてみたい。

いつもそんな風に、将来への疑問や不安に振り回されている私だが、今朝鼻歌を歌いながら
洗濯物を干してる夫を見て、
「あぁ確かに私は勝ち組なのかもな」
と妙に納得してしまった。
友人たちが言うように、私にはもったいないくらい本当に素敵な夫なのだ。

戻ったり、進んだり、止まったり。
こうやって気がついたら、いつのまにか不安が解消されていることを願ってみる。

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