もったいない(勿体ない)は仏教語か? 伝言ゲームと生成AIのハルシネーションが作る謬説
先日、「もったいないの勿体は仏教用語で……」という書き出しの質問メールを頂いた。???と思って調べてみたらインターネッツで誤情報が蔓延している状況が垣間見えたので、回答文をシェアしたいと思います。
メール拝見しました。「勿体は仏教用語」とのことですが、Wikipediaで「もったいない」の項目を開くと、
なお、「勿体」は「物体」とも混用表記されるが、そこから「物体(もったい)とは元来は仏教用語」という説明がネット上に散見するが、その具体的な意味も論拠を述べるソースの明示もなく、仏教用語説は誤情報と思われる。
とされています。
デジタル大辞泉などインターネット上で確認できる辞書DBで検索しても「勿体ない」の「勿体」を仏教語由来としている例は確認できませんでした。
手元にある仏教語辞典にも「勿体」という項目はなかったです。
念の為、漢訳仏典を総覧した「SAT大正新脩大藏經テキストデータベース」で調べてみましたが、「勿体」の語は蓮如上人御文などの和文の法語のなかで、日常語として用いられているのみです。

例:「佛法方ノ讃嘆ヲスルコト。勿體ナキ次第ナリ。」
漢訳仏典に出てこない時点で、サンスクリットなどインド系の言語からの訳語ではないことは明白です。
Google検索ページで「勿体ない 仏教語」で検索すると、Search Labs | AI による概要として

「勿体ない」は、仏教用語の「勿体(もったい)」に由来し、本来あるべき姿や価値を損なうことを惜しむ気持ちを表す言葉です。
という文章が生成されます。
しかしこれは、根拠のない伝聞を記したウェブ記事(大学ホームページの記事なども入っていますが……)に基づく生成文なので間違いです。
というわけで、質問に直接お答えすることはできず申し訳ありません。
俯瞰して論じるならば、生成AI等が介在することで、インターネットに頼った調べ物が難しくなっているということかと存じます。
専門家が編集した辞典、専門家が管理するデータベース(大蔵経等)、ファクトチェックが入ったメディア記事(いわゆるオールドメディア系のコンテンツ)に依拠することで、人間の伝言ゲームやAIのハルシネーションによる謬説に引っかかることをある程度回避できるのではないかと思います。
以上、お役に立てれば幸いです。
質問者の方には納得して頂けたようで良かったです。Googleなどで検索する習慣は急速に廃れて、代わってAIに訊く(勝手に答えてくれる)ようになっていますが、仏教に関しては「勿体ない」に限らずデタラメな回答が返ってくることが多いです。(パーリ語の経文までご丁寧に捏造してくれます。)
由々しき事態だと思いますが、現状はきちんとした辞書(Wikipediaも今のところAIよりはまだましです)やデータベースへのアクセス経路が残されているので、そういう知的インフラをどう維持していくかということは喫緊の課題かも知れませんね。
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
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