見出し画像

名前を呼ぶという、ちいさな儀式


先日誕生日を迎えまして

あ、わたし
こことは別の某SNSに
常駐しているんですけど

そちらのほうで
日頃仲良くして頂いているかたから
たくさんのお祝いメッセージを
いただいたんです🙂



とてもうれしくて
ひとつひとつお返事を書いていた時
あらためて感じたことがあって🥰

わたしニックネームに
「ちゃん」とか「くん」とか「さん」とか
つけたい⋯🤗



わたし自身は
「なべ」「なべさん」「なべちゃん」
どれで呼ばれてもうれしいし
(下の名前で呼んでもらえても🥰)
呼んでくれる人の好みで全然OK🙆‍♀️

だけど自分が誰かを呼ぶときは
なんとなく「ちゃん」「くん」「さん」を
つけたくなっちゃうんです☺️



たとえば「さかなクン」みたいな
すでに“ちゃん”“くん”がついてる名前にも
「さかなクンさん」とか
言いたくなっちゃう🤣

リズムや語感が気に入れば
面白がって採用しちゃったり😆



でも一方で
あえて「さん」や「ちゃん」をつけずに
呼んでるかたもいて



これ、実はわたしなりの
小さな挑戦だったりします🙂



というのも
どうやらわたし
「敬称をつけずに人を呼ぶ」ことに
ちょっと苦手意識があるみたいで👀

ご本人が
敬称なしのニックネームで
呼んで欲しい、と仰っていても
こっちの勝手でつけたくなっちゃう🙈



なんでだろう〜って
記憶をたどってたら

まぁた👋
小学校のときの担任の先生に
たどりついちゃったんですよね🙃




名前は呼び捨てにせず
“さん”をつけましょう

って言ってたその先生



ふだんの授業では
思いっきり生徒を呼び捨てにしてたし
授業参観のときだけ
1オクターブ高い声で
「〇〇さん♡」って呼んでた・・・🙄



当時のわたし
すっごくモヤっとしてたけど
反論したら拳骨が飛んでくるし
家で先生の話をすると
たいがいは
「先生の言うことをちゃんと聞きなさい」
って片付けられちゃって



・・・そうやって
理不尽を飲み込むのが
当たり前になってたんだなぁって🫠



大人になった今なら
「それ、矛盾してない❓」って
言えるけどね🙂



そんな子供時代を経たからか

わたしにとって
「相手の名前の呼びかた」は
ちょっとこだわりたいポイントだったり
大げさかもしれないけど
自己表現のひとつでもあって

誰かと親しくなるたびに
その人の「響き」にぴったりの
呼び方を見つけたくなるのかも
しれません🤗💕



「名前はこの世で一番短い呪」とは

20年くらい前に読んだ
夢枕獏氏の小説「陰陽師」に登場する
安倍晴明の言葉

ここで言う「呪」とは
「呪い」という意味あいではなくて
「言霊」と言い換えたほうが
伝わりやすいかもしれない🙂

「呪(しゅ)とはな、ようするに、ものを縛ることよ」
(略)
「ものの根本的な在様を縛るというのは、名だぞ」
(略)
「目に見えぬものがある。その目に見えぬものさえ、名という呪で縛ることができる」
(略)
「男が女を愛しいと想う。女が男を愛しいと想う。その気持ちに名をつけて呪(しば)れば恋─」

夢枕獏|陰陽師(おんみょうじ)(文春文庫)玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること より





「あなたがわたしをどう呼んでくれるか」も
「わたしがあなたにどう呼ばれたいか」も

「あなたをわたしがどう呼びたいか」も
「わたしにあなたはどう呼ばれたいか」も



大事にしていけたらいいなぁって
そんなふうに思ったのでした🥰


いいなと思ったら応援しよう!

なべ|こころの翻訳家 よろしければ応援おねがいします🤗💕いただいたチップは新たな記事のネタになるものに使わせていただきます😋