「先生に嫌われたら人生詰む」脳と再々度向き合う
7月の中頃
中1の息子の三者懇談があったんです🙂
それ自体は
よくある学校行事のひとつ
でもわたしの中で
昇華したはずの亡霊が
また復活してきたらしく
終わったあとも
モヤモヤが居続けていたのよね・・・🙃
息子が小学校のときの担任の先生が
すごくやさしくて
おだやかで褒め上手なかただったから
一度はわたしの中で
「担任=味方」って捉えかたを
育て直しできていたのよ☺️
んでも、中学になると
「進路」という現実が出てくる
実際、三者面談で担任の先生から
息子に対して
「今の成績のままだと
高校に進学はできるかもしれないけど
選ぶことはできない」
って言われて
あれは先生なりの気遣いで
注意喚起だったってわかってるけど
わたしの中では
「ウチの子はダメな子」
「ダメな子は安全ではいられない」
「安全でいたければ成績を上げよ」
という「脅し」として
受け取ってしまってた🥺
そうなってしまう原因は
もう明白で
わたし自身の小学校時代の記憶
小1〜4まで同じ担任だったんだけど
授業中にふざけたり
宿題をサボったり
忘れ物したら
前に並んで立たされて
順番に拳骨を喰らう
毎日のように
誰かが叱られたり殴られてて
成績がいい子や
授業態度のいい子だけが
“安全地帯”にいられる教室だった
わたし自身はそこまで殴られなかったけど
毎日「常連」みたいに
怒鳴られて殴られてた子たちの姿を
ずっと見てきた4年間だったから
わたしの中では
「怒られる=拳骨」
「ダメな子=制裁」って
身体のどこかに刷り込まれてる
だから
「テストの順位が」とか
「進路が」って言葉に
こころが一気に反応してしまったんだと思う
さらに追い打ちだったのが
小4の娘の通信表のコメントで
担任の先生から
「忘れ物が多いです」って指摘されたこと
それは実はもう
1年生の頃からのデフォルトで😂
もはや娘の個性として
受け入れてるつもりだったし
本来なら
またか〜🙈って
笑えるはずだったのに
通信表の評価も思ってたより低くて
(1〜3年のときより下がってて)
言うなれば
トリプルコンボで
トドメを刺された状態😇
亡霊も活き活きしだして
娘が
「先生に雑に扱われる側の子」
になってしまう・・・
そんな妄想じみた恐れと悲しみに
どーんと襲われて
わたしはまた
「教師に嫌われて恐ろしいことになる」
という幻に
自分から囚われにいってた🥺
課題の分離
わかってるつもりだったのに
できなかった
というか・・・
もう何度もサヨナラしたはずの
過去の亡霊が
まだこんなに元気に
復活してくるんかい👋‼️って感じ🤣
(書いてる今だから使える「🤣」よ)
あぁ・・・やっぱコレ
一生のつきあいなのかもしれないなって
軽く絶望しかけたり
いやいや
あと義務教育が終わるまでの辛抱よ❓
いや、高校もあるじゃん❓
希望すれば大学も❓
さすがにその後は分離できるでしょ❓
え・・・母である以上
無限ループするやつなん・・・😇❓
っていう感じで
こころがズタボロに疲れてた
数日間だったのデシタ
おかげさまで回復してきた今なら
息子は昔からマイペースで
発語もゆっくりだったし
健診で療育相談を
勧められたこともあったけど
結局しゃべりだしたのは
3歳目前になってからだったし
小学生になっても
時間をかけて
じわじわ理解を深めるタイプだった
じゃないか🙂
娘だって
忘れ物多いし
成績はイマイチだけど
おおらかで
日常生活においては
かしこさの片鱗を見せることもある子
ではないか☺️
・・・と
冷静に振り返れるようになってきた🤗
そこに戻ってくるまでの
タイムラグは
昔に比べて短くなった感はあるんだけど
今回は一気に深く墜ちた感が
否めなかった
それはもしかしたら
以前のわたしは
感覚を麻痺させることで
自分を護っていたから
麻痺が回復した今だからこそ
深く感じたのかもしれない
今回のこの一件での取れ高は
亡霊はまた出てくるかもしれない
むしろこれからもっと
今回のように
タイミングが重なる機会は
増えていくだろう
そのことに気付けたんだから
大事な時期は
特にこころの塀のメンテナンスに
意識を向けて
もしも塀が崩れたとしても
補修する術はあるんだから
周りを頼ったり
自分で自分をねぎらって
立て直していけば
いいんだよ☺️💕
その繰り返しできっと
また少しずつ
亡霊は小さくなっていって
こころは軽くなっていくんだから😊
・・・という気付きと
前を向いて踏み出す意欲
そして
自分にも、子達にも
ていねいに贈った
認め・ねぎらいの言葉かけ
なかなかの成長ではないか🤗💕
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