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【映画感想文】つまらないだろうと思ってたけど、ごめん、めっちゃよかったです! これはブルシット・ジョブに疲れ果て、クソどうでもいい毎日に辟易としているうちらのためのラプソディだ! - 『8番出口』監督:川村元気

 映画『8番出口』、ぶっちゃけ期待していなかったんだけど、めちゃくちゃよかった。

 ゲームは好きだったので実写化がどういう風になされているのか気になって、どうせ失敗しているだろうけど、それはそれで確かめておきたいと好奇心に駆られて劇場へ行った。まさか、ここまでとはな……。わたしの中の赤井秀一が川村元気監督を称賛せずにはいられなかった。

 まず、ストーリーを紋切り型でまとめ、面白い話にすることを潔く諦め、ゲームの再現と音響表現に全振りしていたのが素晴らしかった。

 変に凝ったストーリーを作ったり、原作になかった真相らしきものを追加したり、邦画がやりがちな余計な工夫がないので見たことのない映像表現になっていた。エンディングロールで二宮くんが脚本協力にクレジットされていたんだけど、たぶん、ゲーマーだから『8番出口』をプレイしたときの感じをよくわかっているんだと思う。

 端的に言うと、『8番出口』ってめっちゃストレスが溜まるゲームなんだよね。

 最初、ルールだけを聞くと間違い探しなのかなって思っちゃうけど、ほとんどの異変はパッと見ればわかる大喜利的なド派手演出。だから、すいすい進めて、出口の番号を1から2へ、2から3へ、簡単にクリアできちゃうよー、って油断したとき、突然、0に戻る絶望が醍醐味なのだ。

「え? 異変、あった?」

 ちゃんと見ているはずなのに間違えてしまったことが信じられず、この辺りから、細かい変化があるのかもって疑心暗鬼になっていく。映画で二宮くんがやっていたように左側のポスターを1枚ずつチェックし、右側の非常扉を1つずつ確認して行く。うん。問題はなさそうだ。なのに、0番に戻されたとき、マジで汚い言葉が口から出てきちゃう。

 特に、一度見つけた異変は再び出てこないので、後半は見逃した違反が繰り返されるため、ドツボにハマるとぜんぜん抜け出せなくなってしまう。初回プレイのとき、わたしはクリアまで2時間もかかってしまった。

 でも、経験を重ねるうちに「もしかして?」と気づくことが増えてきて、そうなると連鎖的に新しい異変もわかるようになってくる。遊びながら、人間がいかにして学習するかを身をもって味わい、成長を実感できるのが『8番出口』というゲームの凄さなのである。

 そして、映画『8番出口』は原作ゲームの本質と言うべき、ストレスと努力の積み重ね、学習のメカニズム、プレイヤーの成長などを見事に実写で再現していた。

 まず、ストレスについて。これは地下鉄の通路というリミナルスペースを完全再現し、長回しで似たような確認作業を鬼リピさせることで形にしていた。これは勇気が必要だったはず。だって、観客は退屈せざるを得ないから。映画としては破綻している。

 でも、『8番出口』のゲームを実際にプレイして、なぜか0番に戻され続ける経験をした人なら誰もがわかることだけど、この退屈さが斬新だったんだよね。なんというか、目的不明な仕事をひたすらやらされている感じ。いわゆるブルシット・ジョブのシュミレーターが『8番出口』なんじゃないかとわたしは勝手に思っている。

 ブルシット・ジョブは人類学者のデヴィッド・グレーバーが2013年にウェブマガジンで発表した小論に掲載した概念。

 かつてケインズは技術の発展によって資本主義における労働量は減少し、最終的には自動化で人類は遊んで暮らせるユートピアがやってくるだろうと予想した。しかし、実際はどうだろう? わたしたちは働いている自分でさえ、こんな仕事、ない方がいいのにと認めざるを得ないクソどうでもいい仕事(ブルシット・ジョブ)に従事している。

 誰も読まない書類を一生懸命作ったり、権威ある人たちが自慢するためだけの文章を翻訳したり、それなりに綺麗な床を掃除したり、社内用プレゼン資料のために複雑なグラフを用意させられ、必要のないことで忙しいフリをしなければいけない。契約に基づき、みんな朝9時から夕方まで出勤してはいるけど、オフィスにはパソコンでなにかをやっているような感じで、Yahoo!ニュースを見るか、SNSのタイムラインを目で追う人たちが何人もいる。

 どうしてこんなことになってしまったのか? その謎を解き明かそうとした本がデヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』であり、2020年に日本語訳出ると同時に話題となった。

 結論から言うと、ブルシット・ジョブは資本主義におけるの規模拡大が推奨される限り、無駄でもなんでも、その会社が意義のあることをやっている雰囲気を演出するために求められるという。

 さらにマックス・ヴェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で示した通り、労働価値説の定着によって、労働していることは偉いという勘違いが資本主義社会に蔓延してしまったことがブルシット・ジョブの増加に拍車をかけている。

 高校1年生のとき、数学の授業で論理学の基礎を習うけれど、そこで命題とその対偶は真偽が一致するという話が出てきた。仮に「働いているなら偉い」が真であるとすると、その対偶、「偉くないなら働いていない」も真になってしまう。労働価値説が真になってしまうと「働かざる者食うべからず」が暴力的に機能し始める。

 最悪なのは産業革命以降、労働者の権利を守るめに時給制が導入され、本来は働かせ過ぎ抑制することが目的だったにもかかわらず、気づけば、雇用者は労働力ではなく労働者の時間を買った気になってしまったことだ。給料を払っているんだから、その間は常に働き続けてもらわないと損という意味不明な理屈で従業員を見るようになってしまった。そのため、客が一人もいないのに店員に座ることを禁止したり、電話番に電話が鳴っていない間は書類作業やお茶の準備を求めたりするようになった。

 こうして雇っている以上は1分1秒でも無駄にしたくないという発想から、やらなくてもいい仕事を生み出さなくちゃいけないという狂った思想が生じてきた。

 でも、まあ、楽な仕事でお金がもらえるならそれでいいじゃないかという意見もある。ただ、いざやってみるとわかるけど、ブルシット・ジョブは自分の人生をドブに捨てているような辛さがあり、とてもじゃないけど長くは続けられない。

 学生時代、学費を稼ぐため、派遣登録して各地の工場で夜勤をしたことがある。1913年にフォードがベルトコンベア式の流れ作業を導入して以来、工場の仕事は全体の一部に成り果て、なんのために自分がなにをやっているのか、わからないものになってしまった。かく言う、わたしもよくわからない仕事をさせられた。

 コンビニの食品を製造している工場では、粉砂糖ふるいを持たされ、隣の人がそこに砂糖を入れて行くので、何時間も左右に振り続けろと指示された。他の日には焼きたてのプリンと冷蔵庫の間に距離があるので、運ぶためのカゴに入れていくように指示された。極め付けはパイナップルの皮を手動で剥くセクターがあるので、剥き上がったパイナップルに皮が残っていないかチェックするよう指示された。どれもうんざりするほど退屈だった。

 こんなの人間がやることじゃないよ……。休憩時間、粉砂糖の作業で一緒になったベテランっぽい中年女性のパートさんに嘆いたところ、

「機械化する方が高いんだって。派遣を使うより」

と、教えてもらって、ゾッとしたことをいまでも覚えている。ロボットやAIに奪われない仕事って、要するに人間がやった方が安いクソみたいな労働だけなのかと未来に希望がなくなった。

 お中元の箱にのし紙を貼る工場では、手動で貼ったのし紙が斜めっていないかをひたすら確認する仕事を与えられた。恐るべきはわたしのチェックに間違いがないかを確認する人も一人いて、ベルトコンベアに並ぶ全員が他の誰かのミスを探す役割を与えられていた。

 正直、ミスなんてそうそう起きないのだけど、たまに「マジか?」ってレベルのミスが発生する。そうすると非常ボタンみたいなやつを押して、ベルトコンベアは緊急停止。社員がすっ飛んできて、ミスしたやつを特定し、メチャクチャに怒鳴りつけると言う時間が発生する。

 こんだけ相互監視をさせながら、いざってときに起こるため、待機している社員がいることにも驚きだが、ひとつのミスに何十分もブチギレる効率の悪さに辟易とした。さっさと逆に戻った方がいいに決まっているのに、と。

 ただ、こちらも休憩時間、工場の外、真っ暗な海が目の前に広がるアスファルトの上で身体を伸ばしていたところ、わたしの監査役をやっていた派遣のお兄さんが、

「俺らがいま貼ってるやつ、たぶん、ぜんぶは売れないんだろうな。一応、シーズンだから多めに用意しているだけで。急いでないし、必要じゃないかもしれないし、でも、上が決めた計画に基づいて働かさらているだけだから、あの社員もイライラしてて、きっかけがあればストレス発散に怒鳴り散らしたいだけなんだよ」

と、だるそうにタバコを吸いながら教えてくれた。

「無駄だよな。本当。さっさと金を貯めて、古着屋やりたいと思ってんだ、俺。前にもやってたんだけど、失敗しちゃって。資金を貯め直しているところなの。君は若いけど、なんのためにこんな場所で働いているの?」

「大学生なんですけど、父親がいなくなっちゃって、学費を稼ぎたくて。日雇いでいろいろなところに行けば人間関係を作る必要もないし、楽かなぁって」

「なるほどね。で、どうだった? 楽だった?」

「なんか思っていたのと違いました」

「だよね。なんつーか、金がもらえるからって、意味のない仕事を喜べるほど、人間は単純じゃねえんだよな。きっと」

 そんななんてことない時間のなんてことない会話をわたしは『8番出口』のゲームをプレイしたときに思い出したし、今回、映画『8番出口』を見ているときも思い出していた。

 工場も地下鉄の通路みたいに心を不安にさせる空間である。やたら整っていて、自分の居場所がわからなくなり、そのまま行方不明になってしまうんじゃないかという怖さがある。しかも人がいないタイミングにぶつかると、こんなものがなんのために作られたんだろう? という漠然とした疑問も湧いてくる。

 小5の夏休み、宿題のドリルを学校に置きっぱなしだったことに気がついて、忘れ物を取りに行ったことがある。先生に電話をかけると出勤日を教えてくれて、職員室を訪ね、教室の鍵を貸してもらった。

 一人でいつもは賑やかな廊下を歩いているとなんとなく怖かった。普段は意識していなかった校舎の古さだったり、無機質さだったりが目について、この建物が存在している隠された理由があるんじゃないかと不気味な想像が頭の中を駆け巡った。

 この怖さの正体がなんなのかわからないまま、十年、二十年が経った。コロナ禍でネットばかり見ていたとき、そんな懐かしい不安感を換気させる閑散とした空間に「リミナルスペース」という名前がつき、世界中の人たちが共感を示していると知った。よかった。あの感覚は間違いじゃなかったんだ。自分だけじゃなかったんだと妙に安心した。

 その後、リミナルスペースはどんどん人気になっていき、その象徴としてゲーム『8番出口』は大ヒットした。フランスのミュージシャンAlt236は美学的ミームとして、リミナルスペースの歴史と影響について書籍にまとめ、なんと、そんなマニアックな本の翻訳が今月発売するという。早速、わたしも予約したけど、社会現象化に驚いている。

 たぶん、みんな、現実を取り戻したいと思っているんじゃなかろうか。

 間違い探しと変わらないブルシット・ジョブばかりしていると、本当、このまま別の世界に迷い込んでしまうんじゃないかと恐ろしくなる。映画『8番出口』でも現実世界に戻りたいか? と尋ねられ、戸惑うシーンがあった。

 満員電車に揺られて、どうでもいい書類を作成したり、大してよくない商品の営業をしたり、ランチに栄養に偏りがある外食やコンビニご飯を詰め込んで、自宅と会社を往復するだけの毎日を送る。休日は疲れた身体を休めるために寝て過ごし、月曜からの地獄に耐える準備をしている。そんなの、緩やかな自殺ではないか。

 二宮くん自身が提案したという主人公の喘息設定。これは『8番出口』が現代人のクソどうでもいい日常の象徴になる上で、重要な役割を果たしていた。息苦しさ。吸入器なしではやっていけない状況。人によってはアルコールかもしれないし、タバコがしらないし、推しのアイドルなのかもしれない。そして、それを手放して、クソどうでもいい仕事を振り切る覚悟を決めるというのが物語のハイライトだった。

 見て見ぬフリをやめること。そして、クソみてえなことがあったら、しっかりと気づくこと。いや、ちゃんと気づこうと意識すること。

 それはこのクソみたいな現代社会を生き抜くために、私たちが必要としている心意気なのである。

 ちょっと前に仮想通貨や怪しい投資で生活費を稼ぎ切り、早々に仕事を辞める"FIRE"を目指すことが流行ったりもした。それは偽の8番出口という異変に騙され、そのまま地上に出てしまおうとする弱さに似ている。

 そうじゃない。成長した暁には地下へ地下へ進んでいかなきゃいけないのだ。そうして根本的な問題と向き合い、わたしたちの世代でこのクソみたいな毎日を終わらせなくちゃいけないから。すべては未来の子どもたちがまともな世界で生きていけるように。

 そのことが単調な視覚映像にバラエティ豊かな音効を通して、立体的に感じられる映画だった。通路の様子はずっと一緒なのに、激しくなっていく咳や足音の変化、赤ちゃんの鳴き声、言葉にならない言葉によって不気味なチグハグが見事に演出されていた。

 革命は目に見えるものではなく、わたしの中で共鳴していくものである。現実がどんなに硬直化し、なす術なしに思えても、頭で響く音楽だけはいつでも自由であり続ける。

 ノエル・ギャラガーも言っていた。ベッドから革命を始めるって。

So I’ll start a revolution from my bed
(俺がベッドから革命を始めたって)

Cause you said the brains I had went to my head
(お前は俺をとんだうぬぼれ野郎だって笑うんだろ)

Step outside, summertime’s in bloom
(外に出ろよ 夏が呼んでるぜ)

Stand up beside the fireplace
(もう暖炉のそばから離れなよ)

Take that look from off your face
(つまんねえ顔してないでさ)

You ain’t ever gonna burn my heart out
(そんな調子じゃ俺の心に火が点かねえんだよ)

Oasis"Don’t Look Back In Anger"

 革命はなにも一箇所にリアルで集まってデモをすることだけじゃない。一人一人がこの場所から社会を変えられる。

 異変を見ること。異変に気づくこと。異変を指摘することで。それをSNSで発信するだけでいい。

 この映画は一人称から始まって、三人称視点で二宮くんの成長を見て、最後、そういうことを二人称でこちらに語りかけてきた。

 終わったはずのに、始まった。

 そんな不思議な気持ちを抱えながら劇場を後にした。わたしはちゃんと8番出口から現実を取り戻せるのか。たぶん、大丈夫だろうと丸の内線に乗るため新宿の地下へ向かった。




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