幸福は足し算ではなく掛け算なのではないか、という仮説
「人並みの幸せがほしい」
この言葉を聞くたびに
少し不思議に思うことがある
多くの人は
大金持ちになりたいわけでも
誰よりも成功したいわけでもない
普通に働けて
普通に暮らせて
ある程度健康で
ある程度お金があって
ある程度人と繋がっている
そんな状態を求めている
もしかすると幸福って
何か一つを大きく伸ばすものではなく
致命的に欠けているものを作らないこと
の方が重要なのではないか
そんなことを考えた
1.幸福度は足し算ではなく掛け算なのではないか
幸福を考えるとき
普通は足し算で考えやすい
お金はある
仕事もある
趣味もある
友達もいる
だから全体としては悪くない
そんな感じだ
でも実際の幸福感は
そんなに単純な平均点では決まらない気がする
たとえば
お金はかなりある
仕事もうまくいっている
自由もある
でも健康状態がかなり悪い
あるいは
生活には困っていない
健康でもある
仕事にも不満はない
でも人間関係だけが壊れている
こういう場合
「他が高いから平均すれば幸せ」
とはなりにくい
そこで幸福度を
足し算ではなく掛け算で考えてみる
2. 5を平均にした掛け算モデル
仮に幸福に関わる項目を
10段階で自己評価するとする
5を平均として
5点=1倍と考える
すると
5点 → 1.0倍
8点 → 1.6倍
2点 → 0.4倍
になる
たとえば
お金 8
健康 7
人間関係 2
自由 8
なら
1.6 × 1.4 × 0.4 × 1.6
基礎幸福度は約1.43になる
では人間関係だけが
2から5まで改善したらどうなるか
1.6 × 1.4 × 1.0 × 1.6
約3.58になる
他の条件は変わっていない
それでも
一番低かった項目を平均まで戻しただけで
全体は大きく変わる
このモデルが正しいなら
すでに8あるものを9にするより
2しかないものを4や5にする方が
幸福度全体への影響は大きいのかもしれない
3.「0」はどう考えるのか
ここで少し問題になるのが
0の扱いだ
人生では
100 × 0 = 0
のように
何か一つがゼロになった瞬間
幸福すべてが消えるわけではない
そもそも
人によって必要なものが違う
恋愛が非常に重要な人もいれば
ほとんど必要としない人もいる
仕事に強い意味を求める人もいれば
生活できれば十分という人もいる
だから
必要としていないものは
0点として入れない
たとえば恋愛を必要としていないなら
恋愛=0
ではなく
そもそも計算式から外す
という考え方になる
一方で
お金や健康のように
生きている限り影響を受けるものは
完全には計算式から消しにくい
幸福における欠落とは
完全なゼロではなく
自分にとって必要な項目が
極端に低くなっている状態
と考えた方が自然だと思う
4.「人並みの幸せ」に憧れる理由
この考え方をすると
なぜ「人並みの幸せ」という言葉が
これほど使われるのかも少し理解できる
幸福度だけを考えれば
何か一つ突出したものを持っている人より
健康も5
お金も5
人間関係も5
自由も5
という人の方が
安定している可能性がある
全部が平均でも
大きな欠落がない
逆に
お金9
仕事9
自由8
人間関係1
健康2
のような状態なら
外からは成功して見えても
本人の幸福感は低いかもしれない
つまり人が求めている
「普通の幸せ」とは
すべてが高得点の人生ではなく
致命的な欠落がない人生
なのかもしれない
5.お金だけでは幸福になれない理由
このモデルなら
「お金があれば幸せになれるのか」
という話も少し整理できる
お金はかなり重要だと思う
生活の安全
自由
選択肢
逃げ道
いろいろなものに関係するからだ
一方で
お金だけが高くても
健康
人間関係
自己決定感
安心感
などが極端に低ければ
全体の幸福度は下がる
逆に借金がある場合は
単純に
「お金の点数が低い」
だけでは終わらない
仕事を辞めにくい
住む場所を変えにくい
失敗しにくい
将来への不安が増える
という形で
自由や安心感まで
一緒に削られることがある
つまり一つの欠落が
別の項目まで連鎖的に下げる
幸福の掛け算モデルでは
ここがかなり大きい
この10段階評価は測定ではない
もちろん
「健康は7.2」
「人間関係は4.8」
のように
人間の幸福を正確に測定できるわけではない
10段階評価は
あくまで本人の主観になる
だからこのモデルは
幸福度を正確に計算するための式ではない
むしろ
自分の幸福を大きく下げているものは何か
を見るための考え方として使う方がいいと思う
たとえば
健康が7から4まで落ちた
人間関係がずっと2のまま
お金は3から5まで戻った
こうした変化を見る
絶対値そのものより
自分の中で何が上がり
何が下がっているのか
を見る方が重要になる
6.幸福には時間軸がある
ここまで考えると
もう一つ必要になるものがある
時間だ
幸福度が今日8だったとしても
それだけで人生全体が幸せとは言えない
逆に
今日は3だったとしても
長期的に少しずつ改善しているなら
人生全体では良い方向に進んでいる可能性がある
そこで一日の幸福度を仮に
H(t) = B(t) × C(t) + R(t)
と考える
ここで出てくる
(t) は時間を表す記号だ
難しく見えるけれど
意味はかなり単純で
H(t)なら
「その時点での幸福度」
B(t)なら
「その時点での基礎幸福度」
という意味になる
今回のモデルでは
tを1日単位と考えればいい
たとえば
H(1) = 1日目の幸福度
H(2) = 2日目の幸福度
H(30) = 30日目の幸福度
というイメージだ
わざわざ(t)を付ける理由は
健康も
お金も
人間関係も
気分も
毎日同じではなく
時間とともに変化するからだ
つまりこの式は
一度だけ幸福度を出して終わるものではなく
毎日の幸福度を並べて
その推移を見るための式
として考えている
それぞれの意味は
H(t)
その日の幸福感
B(t)
お金
健康
人間関係
自由などからできる基礎幸福度
C(t)
最近良くなっているか
悪くなっているかという変化
R(t)
その日に起きた一時的な喜び
というイメージになる
数式が苦手なら
1日の幸福度
= 基礎幸福度 × 変化係数 + 一時的な快楽
と読めばいい
7.瞬間的な快楽は「上乗せ」
うまいものを食べる
酒を飲む
ゲームで勝つ
買い物をする
SNSで反応が来る
こうしたものは
その瞬間の幸福感を上げる
ただし
生活の土台そのものを
改善しているとは限らない
普段の幸福度が2でも
何か楽しいことがあって
一瞬だけ8になることはある
でも時間が経てば
8
6
4
2
と元に戻る
だから瞬間的な快楽は
幸福の土台とは別に
一時的な上乗せ
として考えた方が自然だと思う
8.満点でも幸福感は上がり続けない
では
お金10
健康10
人間関係10
自由10
になったら
永遠に幸福なのか
たぶんそうではない
最初はかなり幸福を感じると思う
でもその状態が長く続けば
それが普通になる
満たされた状態そのものは続いていても
「良くなった」
という感覚は弱くなる
だから
全部満点=幸福0
ではない
正確には
全部満点が当たり前になると
幸福の変化量が0に近づく
ということだと思う
9.人生全体では「高さ」より推移を見る
ここまで考えると
人生全体の幸福は
一番幸せだった瞬間だけでは測れない
幸福度10の日が一日だけある人生と
幸福度6の日が
何年も続く人生
どちらが幸福かは簡単ではない
少なくとも
瞬間の最高値だけでは判断できない
だから人生全体では
日々の幸福度が
時間の中でどう推移しているか
を見る必要がある
毎日必ず上がる必要はない
今日は6
明日は4
次の日は7
そんな波は普通にある
重要なのは
長期的に見たときに
平均が少しずつ上がっているか
そして
幸福度の最低値が底上げされているか
なのかもしれない
以前は悪い日に0.3まで落ちていた
でも今は
悪い日でも0.8くらいある
最高値が変わっていなくても
これは人生が改善していると考えられる
つまり
H(t)を毎日並べていったとき
細かく上下しながらも
長期的な線が右肩上がりになっている
そんな状態を
人生が良くなっていると考えてもいいのかもしれない
10.この仮説で一番見たいもの
結局
このモデルで見たいのは
「自分は何点か」
ではない
何が自分の幸福を一番下げているのか
そして
そこは以前より良くなっているのか
ということだと思う
幸福を増やそうとすると
新しい趣味を始める
もっと稼ぐ
旅行へ行く
買い物をする
みたいに
何かを足す方向へ行きやすい
でも幸福が掛け算なら
すでに高い項目を増やすことより
今大きく欠けているものを見つけて
そこを平均まで戻す方が
人生全体への影響は大きいかもしれない
幸福は高得点を集めるゲームではない
この仮説をまとめると
幸福とは
高得点をたくさん集めることではないのかもしれない
自分にとって必要なものの中に
致命的な欠落を作らない
低すぎるものがあれば
そこを少しずつ持ち上げる
その状態を
ある程度の時間維持する
そこに
良くなっているという感覚や
一時的な喜びが加わる
そうやって
日々の幸福度の平均と最低値を
少しずつ上げていく
もし幸福が足し算ではなく掛け算なら
人生を変えるために必要なのは
新しい何かを増やすことではなく
今の自分の幸福を
一番下げているものを見つけること
なのかもしれない
これは幸福を正確に測るための理論ではない
あくまで
幸福は足し算ではなく掛け算なのではないか
という一つの仮説である
🐈️🐾
