なおざりにされる法令遵守(物流業界の課題を考える)
なおざりにされる法令遵守(物流業界の課題を考える)
文責:中野康範
分野:ISO9001
区分:無料版
作成:2026/7/25
改訂:
◆ はじめに
ISO9001の規格要求事項の私的解釈というシリーズでいろいろ投稿している。もっとも、それらは体系的とは言えず、思いついたままに文書化している。この投稿も、その流れのひとつである。
法令遵守の重要性についてはなおざりにされる法令遵守(規格改訂を契機として、トップマネジメントを考える)で整理した。自社の都合を優先する慣習を疑問も持たずに続け、法をおろそかにすることが結果として自社の利益を損なうことの戒めとして文書にしたつもりだ。
とはいえ、その渦中に置かれる業界は、個社最適だけを追求する時代は終わり、業界全体として最適化しなければ生き残れない時代になっているのかもしれない。この文書では、前回、触れられなかった、こうした話題を取り上げる。
顧客要求事項としては下記を念頭に置く。ただし、直接言及できないかもしれないのでご容赦願いたい。
4.2 利害関係者のニーズ及び期待の理解
次の事項は,顧客要求事項及び適用される法令・規制要求事項を満たした製品及びサービスを一貫して提供する組織の能力に影響又は潜在的影響を与えるため,組織は,これらを明確にしなければならない。
a) 品質マネジメントシステムに密接に関連する利害関係者
b) 品質マネジメントシステムに密接に関連するそれらの利害関係者の要求事項
組織は,これらの利害関係者及びその関連する要求事項に関する情報を監視し,レビューしなければならない。
◆ 2024年問題と2026年問題
物流業界の「2024年問題」とは、2024年4月よりトラックドライバーの時間外労働に年間960時間の上限が適用されたことで生じている諸問題です。これにより輸送能力が不足し、「モノが今まで通りに運べなくなる」事態や運送会社の売上減少などが懸念されている事を指す。
物流の2026年問題とは、改正物流効率化法により、一定規模以上の荷主企業に物流改善が「法的義務」となる問題である。2024年のトラックドライバーの時間外労働規制に続き、今後は荷主側も物流の「見える化」や統括管理者の選任が求められ、未対応には罰則も科される。
この辺の事情は2026年問題(物流)とは 改正物流効率化法の施行で何が変わるのか、対策方法を徹底解説が比較的平易に解説している。
下請法の改正も物流事業者には無縁とは言えないだろう。
下請法、改正法案を閣議決定 手形払いを禁止・運送委託も対象取引へ 2025.03.12
しかし、これはおかしな話だ。コンプライアンスに配慮することは当然のことであり、それを守れないという事業構造そのものが歪である。
◆ 弱者をないがしろにする業界
「取適法(旧下請法)」の改正は、結局のところ優越的地位を悪用した不公正な取引関係を解消しようという色彩が強いと感じている。しかし、これは物流業界自体が自分で自分の首を絞めかねない。
不公正な関係性での業界での効率化の阻害
不当な賃金の抑圧による人材離れ
真っ当な事業者の離脱、あるいは彼らからの訴訟リスク
といったことがすぐに思いつく。2024年問題を契機にした物流問題の解決の動きも無視できない。まずは、荷主(発注者側)の違法行為の是正であろうか。
下記の記事が目を引く。(※丸数字は記事の引用をしやすいように記す)
① 意見募集/「特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法」改正案 2026年03月13日
【記事引用】
企業取引研究会における議論を踏まえて、課題に対応するため、公正取引委員会は、「特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法」改正案、「製造委託等に係る代金の支払に関する特定の不公正な取引方法」案、「『製造委託等に係る代金の支払に関する特定の不公正な取引方法』の運用基準」案、「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」改定案を作成した。今回は、合計4つの改正案について、意見募集を同時に行っている。
また、物流問題でよく指摘されるのは、一方的な運送料金の設定、荷待ちの時間の問題であろうか。下記の記事は、そうしたことが是正すべき問題であることを荷主側に周知させる意図を想起させられる。
② トラック業界、過当競争から脱却なるか 許可更新制・最低運賃導入へ 2026年1月3日
【記事引用】
トラック運転手の長時間労働や賃金水準の低下を招いている過当競争や多重下請けといった構造的課題にもようやくメスが入る。26年4月1日から2段階に分けて施行する貨物自動車運送事業法改正などトラック適正化2法(トラック新法)だ。
③ 独占禁止法/「一方的な代金決定の禁止」大企業同士・中小企業同士の取引に適用拡大 2026年03月11日
【記事引用】
適切な価格転嫁・取引適正化をサプライチェーン全体で定着させていくためには、取適法の対象となる取引に限らず、サプライチェーン全体における取引の実態や商慣行にも広く目を向け、実効的な取組を進めていくことが不可欠となっている。そのため、サプライチェーン全体での適切な価格転嫁の環境整備が必要となっていた。
④ 着荷主の荷待ち・荷役強制は独禁法違反と明示の「物流特殊指定」改正、27年4月施行
【記事引用】
着荷主への規制を新たに導入し、問題行為として、発荷主と契約していない荷待ちや荷役を運送事業者に強いて発荷主の利益を不当に害することを追加。併せて、着荷主の問題行為を発荷主が公取委に知らせたり、知らせようとしたりしたことを理由に、着荷主が発荷主との取引を停止したり、取引の量を減らしたりするのも独禁法違反と明記。着荷主の報復行為をけん制する。また、運送事業者が代金の額に関して見直しの協議を求めたにも関わらず、荷主が受け入れなかったり、一方的に代金を決めたりすることを独禁法違反と明示する。
⑤ 物流効率化法とは トラック運転手の荷待ち時間短縮を荷主らの義務に 2026年6月24日
【記事引用】
物流効率化法は、荷主や物流事業者にトラック運転手の荷待ち時間の短縮などの努力義務を課す法律で、2026年度に全面施行されました。「荷待ち」とは、トラック運転手らが配送センターや倉庫などで荷物の積み込み(積込)や、運んできた荷物の取り卸し(荷卸し)の順番・作業開始を待つ時間のことです。
◆ リスクと機会
こうした行政側の動きは、発注者側と受注者側の関係性を見直さざるをえない。単に「面倒」という認識でいれば、法令違反として足元を救われかねない。下記のような動きを甘く見ないことだ。
⑥ 荷主779者に注意喚起、公取委が物流取引調査 2026年6月25日
【記事引用】
行政・団体公正取引委員会は25日、2025年度の荷主と物流事業者との取引に関する調査結果を公表した。独占禁止法上の問題につながるおそれのある行為を行った荷主779者に対し、具体的な懸念事項を示した注意喚起文書を送付した。調査は、現行の物流特殊指定に基づき、運送や保管を委託する発荷主と物流事業者との取引を対象に実施した。
こうした、搾取されてきた側に「声を上げろ」という動きは物流業界だけではない。下記のようなことは他山の石とすべきではない。
⑦ 「支払われなければ通報せよ」、労務費削る建設会社に退場迫る改正建設業法 2026.03.16
【記事引用】
「職人の懐に手を突っ込んで利益を出すような元請け会社には、そろそろ(建設産業から)退場してもらわないといけない」
発注者側は、ある意味悪夢かもしれない。なぜなら、発注者側も自社の利益を確保するために四苦八苦しているだろうことは想像できることだ。
上位の発注者からはコスト削減の圧力はかかり続けている
急な発注もある、顧客の『明日持ってきて』という無理な要望も引き受けたい。
しかし、こうした負担を運送会社に押し続ける構造は、離反を招きかねない。
⑧ 仕事選ぶ運送事業者増 「月120万円でも利益出る」利益率高い海コン 2026年1月7日
【記事引用】
燃料高騰や労働時間短縮などの影響で、運送会社が長距離輸送を避ける傾向が強まっている。そして、長距離に限らず、仕事を「選ぶ」事業者が増えてきている。
建設業界で起きた「サブコン」との優位性の逆転は、まだ決定打ではないにしても建設業界の矯正のきっかけになるだろう。
しかし、荷主対運送業者という優劣の関係性ではなく、お互いの歩み寄りは、それをしない事業者との差別化につながり、生き残り戦略の主軸になるのではないかと感じている。それは「個別戦略ではなく全体戦略」への移行の機会になるからだ。
全体戦略のメリットには下記が考えられる。
「不稼働時間」の削減による生産性の爆発的向上
待機・付帯作業のゼロ化: 荷主と運送会社がデータでつながることで、トラックが荷物待ちで数時間もアイドリングするような「無駄な時間」が消滅します。
積載率の劇的向上: 競合他社同士がネットワークを組んで荷物を相乗り(共同配送)させることで、スカスカの状態で走るトラックが減り、1運行あたりの輸送効率と利益率が最大化されます。
「商物分離」の定着による適正な価格転嫁と原資の確保
サービスの正当な評価: これまで「運賃」の中にうやむやに組み込まれていた「荷役作業(積み降ろし)」や「待機」に対して、個別に料金が支払われる仕組み(商物分離)が業界の標準(インフラ)になります。
ドライバーへの還元: 適正な利益が運送会社に確実に入るネットワークが確立されることで、長年の課題だった「ドライバーの低賃金問題」が解決に向かい、若手や新規就労者の流入が期待できます。
「運べなくなるリスク」の回避と物流網の維持
倒産・廃業ドミノの阻止: 従来の構造では、荷主からの無理な要求(長時間の荷待ち、不当な低運賃)のシワ寄せが下請け・孫請けに集中し、多くの中小運送会社が維持できない状態でした。
安定供給の確保: ネットワーク全体で負荷を分散・効率化(共同配送の普及など)することで、トラックドライバーの労働時間が適正化され、業界全体として「日本のモノを運び続ける能力(供給力)」が死守されます。
さて、ではこうしたことはどの様な仕組みでなし得るのだろうか。
◆ インターカンパニー・マネジメント
これは企業内マネジメントではなく、企業間マネジメントという新しい視点が必要である。
改正物流効率化法の解説記事を見るとCLOという聞き慣れない用語を聞く。
⑨ 物流統括管理者(CLO)の選任が義務化に?2026年物流業界はこう変わる 2026.01.12
【記事引用】
権限を持った役員クラス(CLO)が前面に立ち、法令遵守を前提とした契約交渉や労働環境の整備を行なうことで、現場に負担を強いるだけの古い体質から脱却し、ホワイトで持続可能な新しい物流モデルが生み出されていく。
役員クラスの責任者を配置させ、経営トップの課題として物流効率化に取り組む体制を義務付けている。それは単に自社だけの管理をすればよいということではなく、関係者との利害調整の最適化を義務付けられている。
荷主・物流側の義務化: 特定の「特定事業者(大手荷主や大手物流業者)」に対し、荷待ち時間の削減や積載率の向上に向けた「中長期計画の作成」や「定期報告」を法的に義務付けされる。
商流と物流の分離(商物分離): 契約内容を見直し、運賃とは別に「待機料金」や「荷役料金」を明確に切り離して支払う適正取引の確立。
こうしたことは、従前の、自社(Company)、顧客(Customer)、競合(Competitor)といった単純な枠組みで利害関係者を単純化することは適切ではないことを示す。
「業界・企業間をまたぐ仕組み(インターカンパニー・マネジメント)」の構築が必要不可欠になる。例えば
共同配送の標準化: ライバル企業同士であっても、同じ地域の配送や長距離輸送のトラックをシェアする「共同運行」の仕組みを作る。
パレット・什器の共通化: トラックへの積み込み・荷降ろし時間を最短にするため、業界全体で規格化されたパレット(11型など)の採用を徹底する。
データ連携プラットフォームの活用: 荷主、元請け、下請けがリアルタイムでトラックの動静や荷物の情報を共有し、無駄な待ち時間をゼロにする。
等が挙げられる。
企業間で共通の目標・情報・責任を共有しながら、物流全体を最適化するマネジメントを「インターカンパニー・マネジメント」と呼ぶことにしよう。
◆ おわりに
従来から、ISO9001で取り扱う「利害関係者」の範囲が狭いと感じていた。せいぜい「顧客」であり、気の利いた組織では「従業員」、「サプライヤー」、「地域社会」と広げるが、自社のバリューチェーンを拡張させて全体をネットワークを視野に入れる観点は弱い。
「取引先(荷主、運送会社、元請け・下請け)」との共同プロセスという視点にたてば、「4.2 利害関係者のニーズ及び期待の理解」を言葉だけの要求事項ではなく、独立したマネジメントシステムとして管理すべきであろう。
今後のISO9001は、自社だけではなく、企業間ネットワーク全体を対象としたマネジメントシステムへ発展していく必要があるのではないだろうか。
閑話休題。
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