2回死んだ兄(短編小説)
僕には兄が1人いる。
とはいえ、双子だから、本当は兄とか弟とかそういう概念はあまり意識しないのだろうけど、僕はいつの間にか双子の片割れを「にいちゃん」と呼んでいた。
僕と兄は、朝起きてから夜眠りにつくまで、いつも一緒だった。
兄はいつも僕の前を歩いていて、僕はその後ろを追いかけていた。

大学に入学すると、お互いゼミやバイトに明け暮れて、流石にずっと一緒に過ごすのは難しくなった。
大学2年生の夏休み、僕は友達とバイク免許取得の合宿に行くことになった。
当然兄も誘ったのだが、「お前が免許取ったら後ろに乗せてよ。」と断られた。
「免許取って1年はタンデムできないんだから、一緒に取りに行こうよ。」と言ってみたが、兄は、「じゃあ来年の夏休み、お前のバイクでどっか行こうよ。」と、最後まで首を縦には振らなかった。
合宿の申込みを済ませた日、両親にバイクの免許を取ることを伝えると、「あんな危ない乗り物、絶対に乗ったらダメだ!」とかなり強く反対された。
半ば喧嘩のような言い合いになったが、最後は父が「もう好きにしろ。」と折れてくれた。
それでも母は、合宿に出かける日の朝まで「ねえ、本当に行くの?車の免許じゃダメなの?」と言い続けていた。
僕は、「自分のバイト代でやりくりするんだから、口出すなよ!」と、わざと音を立てて玄関の扉を閉め、合宿へ向かった。
2週間も兄と離れ離れなのは初めてだった。
だが、いつもと違う環境で毎日友達と寝食を共にしながら免許を取るのは、あっという間の楽しい時間だった。
無事免許を取得し、バイクも購入した。
両親は相変わらず反対していたが、僕は毎週のようにツーリングに出かけた。
ツーリングから帰った日の夜は、兄に写真を見せながら、その日の出来事を報告した。
兄は「来年の夏休みが楽しみだ」と言って、ニコニコしながら僕の話を聞いていた。

季節が過ぎてゆき、ようやく免許を取得してから1年が経った。
大学3年生の夏休み、僕は兄を後ろに乗せてバイクを走らせた。
行き先は山を越えた先にある海だ。
「やっと2人でツーリングに行けるな!」
走行中はエンジン音や風の音もうるさいから、僕は、背中にしがみついてる兄に大きな声で話しかけた。
「僕も、楽しみにしていたよ。バイクって気持ちいいね。」
後ろから、いつも通りの穏やかな兄の声が聞こえる。
「だろう?やっと免許取る気になった?」
「う〜ん、免許はいらないかな。こうやって一緒に乗れれば十分。」
「なんだよ…相変わらずそこは譲らないんだな。」
なんて話しながら山道を進んでいくと、きつめのカーブに差し掛かった。
体重移動をさせながら滑らかにカーブを曲がろうとしたその時、対向車が中央線を大きくはみ出してこちらへ迫ってくるのが見えた。
「え…!」
僕は、対向車を避けようと慌ててブレーキを踏むが、間に合わない。
「これからも一緒だよ…」
耳元で兄の声が聞こえたきがした。

目が覚めると、知らない天井が見えた。
ベットのそばでは、母が言葉にならない何かを喚きながら泣いていて、父は「よかった…。お前、あの事故で生きてるなんて奇跡だぞ。」と安堵の表情を浮かべていた。
体が、動かない。
何があったんだっけ…?
そうだ、兄とツーリングしていたら対向車とぶつかって…
「あ…あいつは?」
僕は、カラカラに乾いた喉でなんとか声を振り絞って兄の安否を尋ねた。
「え…、あんた、誰かと一緒だったの?」と涙でぐしゃぐしゃの母が不思議そうな顔をした。
「いや、俺、にいちゃんとツーリングに…」と言いかけると、両親の顔色がサッと変わった。
その表情を見て、僕はとんでもないことをしてしまったと思った。
父が、「お前、やっぱりまだ思い出せないんだな。」と言った。
僕は、自分の起こした事故で兄の命を奪ってしまったと思ったのだが、どうも両親の様子からすると、そういうわけでもなさそうだ。
「どういうこと…?」と尋ねると、母はまたボロボロと泣き出してしまい、父は、「お前が忘れているなら無理に思い出させる必要もないと思っていたんだが…」と、ため息混じりに話し始めた。
「あれは、ちょうど10年前の今日だった。お前たちは自転車で近所のプールに出かけたんだけど、その途中で交通事故に遭ったんだよ。お前はかすり傷で済んだけど、兄の方は…」
そこまで聞かされた瞬間、記憶が一気に蘇ってきた。
その日、僕は兄の後ろ姿を見ながら自転車を漕いでいた。
信号のない横断歩道で車が途切れるのを待っていたら、右から来た車が止まってくれた。
僕と兄が渡り始めたところ、停車する車の後方から追い抜いてきたバイクと、兄の自転車が接触した。
兄は思い切り跳ね飛ばされて道路に倒れたまま、ピクリとも動かなかった。
「お前は事故のショックで記憶が抜け落ちてるせいなのか、葬式が終わってしばらく経ってからずっと、まるであの子が隣にいるかのように振る舞うから、正直いつまで続くのかと心配していたんだ。」
いろんな情報が一気に脳内に流れ込んできて処理が追いつかず、僕は思考が停止しそうだった。
にいちゃんは、もう死んでいた。
しかも、とっくの昔に、僕の目の前で。
さっき事故の瞬間に聞こえた「これからも一緒だよ」という声は、まだハッキリと耳に残っているのに。
僕は、兄を2回殺したのか…
そう自覚した瞬間、自分でも何が可笑しいか分からないけど、ゲラゲラと声を上げて笑うしかなかった。
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