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274:最近生成AIのサムネ多くて気持ち悪いですよね?なぜ嫌悪感を抱くのか考察してみました!

・最近のnoteを見ていると、生成AIによって出力されたイラストがサムネとなっているものばかり目に入る。

・別に使うなと言いたいわけではなく、なんなら自分は生成AI推奨派まであるが、こうも似通ったテイストのイラストが多いと気持ち悪くなる。

・よく見かける、可も不可もなくのっぺりしていて教科書とかに載ってそうなあのイラスト、嫌いなんだ。
・なんで嫌いなのだろう。わからない。

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・別に自分の有意識においては「生成AIに出力させているから」という理由で嫌だと思っているわけではない。なんなら今の時代、生成AIを活用しない方がアホだとまで思っている。

・自分は生成AIプロンプトエンジニアリング検定(PEP)をもうすぐ受検するし、ChatGPTは課金ユーザーだし、クリエイティブ系に関わる部分はDzine AIをサブスクリプションしている。
・また過去にはNovel AI、Gamma、Copilot、Gemini、Manus、AivisSpeechなどは使っていた。
・出力されたものをそのまま使うことは絶対にないが、例えば自分の作ろうとしている何かしらのタタキを出力させるなど、『活用する』という側面において生成AIはかなり有用だと思っている。

・それでも巷でよく見る生成AIによって出力されたイラストには、嫌悪感を抱く。
・のっぺりとしたものだけでなく、クリエイティブに特化している生成AIによって出力されたイラストも、少し苦手だ。

・この嫌悪感を突き止めるべく、我々調査隊はアマゾンの奥地へと向かいました。

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・『不気味の谷現象』が生成AIの出力物に対しても発現している、という仮説は立てられると思う。

・『不気味の谷現象』とは、人間はロボットやCGが人間に似るほど親和感を抱く傾向があるが、一方でその度合いが中途半端だとかえって不気味さを感じる、というもの。
・生成AIが『人間らしさ』を追求・模倣して成果物を出力しているのに、あと一歩微妙な何かが違っていて違和感を覚える、などは考えられるような気がした。

・もうひとつ思い浮かぶのは、シミュラークルの大量生産による急速なハイパーリアル化に対する焦燥感。

・シミュラークルとは、「オリジナルなき複製」を指す言葉で、実在のモデルを持たないにも関わらず何かしらの記号やイメージとしての役割を成してしまうもの。
・ハイパーリアルとは、多くのシミュラークルによって構成されたが故に現実を上回るほどの強いリアリティを持つ状態のこと。

・一応、もう少し頑張って説明してみる。
・「本物の花→絵画としての花→CGの花→…」のような感じで、本来「CGの花」はリアルをもとにした記号であり、もともとのリアルを伝えるべく存在している。
・しかし現代はその「CGの花」にもはやオリジナル性などなくなっているにも関わらず現実として独り歩きしていて(シミュラークル)、それがありふれている現実───いわばリアルと虚像に逆転現象めいたことが起こっているという見方があり、その状態をハイパーリアルという。

・詳しくは哲学者ボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』という本を読んでください。
・テーマパークとかがよく例に挙げられる気がする。

・要は、リアルじゃないものたちがリアルぶってひしめき合っている状態が怖いと思っている、と伝えたかった。

・…なんだかそのあたりにあるネット記事のような内容になってしまった。
・あと書いてて思ったけど、本当に上述したことを思っているとすれば、自分はメタバースなんかには絶対に対応できないな。

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・考えれば考えるほど、よくわからなくなってきた。
・結局なんとなく嫌悪感を覚えているだけである。
・いつか頭の良い学者さんとかがこの正体について研究してくれると信じて、いったん思考を止めよう。

・今までの生成AIはイラストとして成果物を出力する時任意の文字を入れることが苦手だったので、イラストで完結しているサムネが多い気がするが、先日のGPT-5のリリースでそのあたりも大幅に改善されたようである。
・自分たちがよく見る広告製作物もいずれ、生成AIのみで完結されるものが増えるだろう。実際、既にしばしばそういったものを見る。

・シンギュラリティは近いのだろうか。そう捉えると、少しワクワクする気持ちもある。


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