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300:アンチ・アンチ社会 - アンビバレンス / 現代社会への抵抗の狼煙

・自分は今の社会が大嫌いだ。
・“資本主義という雰囲気”を孕んでいる今の日本社会は、「“善く生きる”とは“社会から承認されること”と同義であり、その承認のために必要なものは(あらゆる何かしらの)評価である」という暗黙の了解が漂ってる。
・そしてそれに従って形成された諸々のルールは、競争という形で本来の人間の営みには必要のない不和を生み出している。
・その空気が、キモい。

・という声をデカくするためには、いまの社会のルールに則って努力するしかない。
・なんたる矛盾。

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・一応日本は資本主義と社会保障からなる混合経済体制ではあるが、資本主義といって差し支えない運用はされているだろう。

・この資本主義社会においては、「市場にどれだけ益をもたらしたか」というところで評価がなされる。
・その「益をもたらしたか」を測る指標として、資本という物差しがある。

・資本を得るためには、何かしらの競争に参加するしかない。
・自由経済という大義に隠れ、知らず知らずのうちであっても、競争に参加することは絶対だ。

この社会で生まれ育った時点で、自分たちはこのような生き方しか知らないから、この枠組みの中でしか考えることができない

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・資本とはすなわちお金である。お金を持つ人が偉い。

・そして最近では、お金と同じくらいの価値を持つものとして、SNSの数字というのも台頭してきた
・あらゆるプラットフォームがSNSの数字をお金に接続できるようにしてしまったので、影響力というのも資本としての立場を確立してきている。

・お金とは本来、交換のための道具に過ぎなかった。
・SNSの数字は本来、共感の数に過ぎなかった。
・なのに今それらは、「人を測る物差し」となっている。

・これに違和感を覚えるのだが、その違和感をうまく言語化できないほど、資本主義━━価値主義という精神文化は、自分たちの意識に深くこびりついている。

・当たり前だ。なぜなら、価値主義の中で教育を受けているから、価値主義外の考えに思考を伸ばすことができない。

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・資本主義は自由経済とも言われ、あたかも誰でも競争に参加して正しい努力をすれば、何かしらの評価を得られると思われている。
・しかしそのようなことはなく、実際には大企業や資本家など既得権益者によって大体の席は埋まっている。
・限られた椅子取りゲームにしかならない。

・ここで言いたいのは「だから頑張ってもどうせうまくはいかないのだ」ということではない。
・既得権益者によって市場の形はある程度固まっているから、「そもそもの勝ち判定とそこに続くルートが限定されているのではないか」ということが言いたいのだ。

・大企業を中心に世の中は回っているから、労働者は企業に依存しなければならない。(被雇用者に限らず例えば個人事業主や中小企業であっても、発注元を辿れば大企業であることは往々にしてあるだろう。)
・それにも関わらず、「自分の人生は自分の責任だ」という風潮は強い。
・生きるためには既得権益者に依存しなければならないのに、うまくいかなければ「自分のせい」なのである。個人の責任なのである。

・勝手に競争に駆り出されて、ダメだったらお前のせい。
・社会構造として結構ひどくないか?

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・こういった構造を肌で感じている人ほど、精神的に不安定になりやすい。
・精神疾患がこうも大流行しているのに、それはこの社会構造のせいだ、と糾弾するのは甘えとされている。

・社会から受けたストレスにより精神疾病を患うのに、医学的だとかなんとかもっともらしい論説のもと、個人の環境や遺伝などにその原因を当てはめてようとする。
・この「絶対に参加しなくてはならない競争」を持つ現代社会の構造の歪みによって精神疾患のパンデミックは起きた、という見方はできないのだろうか。

・いまの社会構造自体が、機能不全に陥っているのだ。

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・と、自分は今、資本主義を批判している。
・一方で、この声を上げるためにはこの資本主義に則って、声をデカくしていかなければならない。

・SNSの数字を追い活動資金を稼ぎ影響力を持たなければ、この声は価値のあるものとみなされない。

・気持ち悪いと思いながら競争に逃げていては、何も為すことができない。
・逃亡が許されないしきたりになっている以上、この競争には意欲的に参加する他ないのだ。

・ただのニヒリズムと思われては困るからな。
・あぁ、なんて気持ち悪い矛盾なんだ。クソッタレすぎて、反吐が出る。

・この資本主義リアリズムの中で、自分はハイパーリアリストとなるしかないのだ。


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