文字は、忘れないためではなく、逃がさないために生まれた
おはようございます。長坂総研です。
今回からは信用・負債制度起源論の次の章という形で、文字の発明、通貨の発明、市場、国家と書いていく予定です。
信用・負債制度起源論は、私にとって最重要な論なので、英語版も出しています。
サイトはこちら→長坂総研 – Medium
全文英語ですし、日本語記事の英訳版になります。
とりあえず、全世界にわかる言葉で発信することが重要だと思いましたので、英訳しています。

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今回から、信用・負債制度起源論の入口として、文字、通貨、市場、国家を順番に考えていきます。
まずは文字の発明です。
文字は、文学や思想のために生まれた。
そう考えると、美しい話になります。
しかし、人間社会の最初の課題は、文学を書くことではありませんでした。まず生き残ることでした。
人間は生き残るために共同体を作り、共同体を維持するために、食料を集め、分け、蓄え、働き、守り、祀り、戦わなければならなかった。
その中で必要になったのは、美しい文章ではなく、逃げてしまう言葉を残すことだったのではないか。
今回は、文字をそのように見ていきます。
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文字は、忘れないために生まれた。
そう言えば、半分は正しいと思います。
しかし、それだけでは足りません。
文字は、忘れないためだけではなく、逃がさないために生まれた。
誰が何を受け取ったのか。誰が何を納めたのか。誰が働いたのか。誰が借りたのか。誰が返していないのか。
人間は、二人だけでも「言った」「言わない」を始めます。
小さな共同体なら、顔と記憶で何とかなるかもしれません。しかし、共同体が大きくなり、食料、労働、配分、祭祀、命令、貸し借りが増えていくと、記憶だけでは維持できなくなります。
そこで人間は、言葉を外に出しました。
粘土に押し、骨に刻み、印に変え、記号にしました。
文字とは、消えてしまう言葉を、未来に残る証拠へ変える技術だったのです。
文字というと、私たちは文学や神話や思想を思い浮かべます。
もちろん、文字はやがて物語を書き、法律を書き、宗教を書き、歴史を書きました。それは人類史にとって非常に大きなことです。
しかし、文字の発明に近いところを見ると、そこにあるのは、詩人の言葉というより、管理する者の言葉です。
書記であり、神官であり、王であり、会計係です。
大英博物館は、楔形文字を現在のイラクで紀元前3200年以前に生まれた、知られる限り最古級の文字体系として説明しています。そして、それはウルクのような古代都市で、パンやビールの配給を記録する帳簿の道具として発達したとされています。
最初に記録されたものは、詩ではありません。
パンです。
ビールです。
誰に、どれだけ、配ったのか。
つまり、文字の最初の姿に近いものは、生活の管理であり、配給の記録でした。人間が高尚な精神に目覚めたから文字が生まれたというよりも、共同体が大きくなり、食料と労働と配分を記憶だけでは管理できなくなったから、文字が必要になった。
その方が、自然ではないでしょうか。
文字の前には、さらに記号があります。
デニス・シュマント=ベッセラの研究では、古代近東の農耕共同体で、家畜や穀物などを数えるための小さな粘土トークンが使われ、それが会計システムとして文字の前段階になったとされています。
これは文字起源をめぐる唯一の説明ではありません。しかし、文字が会計や計数の必要と深く結びついていたことを考えるうえで、重要な研究です。
ここで重要なのは、文字の前に「数える」があることです。
数えるとは、区別することです。区別するとは、あとで確認できるようにすることです。
あとで確認できるということは、言い逃れを防ぐということです。
これが文字の制度的な意味です。
文字は、単に情報を保存する技術ではありません。文字は、過去の言葉や行為を未来に持ち越し、人を拘束する技術です。
信用・負債制度起源論では、負債を「過去の行為を未来の行為へ拘束する関係」と考えます。
負債は時間を越えるため、忘却と対立します。小さな共同体なら記憶で維持できます。しかし、規模が大きくなれば、外部の記録が必要になります。
負債から記憶へ。
記憶から記号へ。
記号から文字へ。
この流れは、文字を単なる文化ではなく、制度として見るための基本線になります。
ここで、口承文化との違いも考える必要があります。
文字以前にも、物語、歌、神話、誓い、慣習はありました。それらは口で伝えられ、共同体を支えていました。
しかし、物語は多少変わっても、物語であり続けます。
語り手によって言い回しが変わり、細部が揺れたとしても、共同体の中で意味を持ち続けることができます。
ところが、配給や負債はそうはいきません。
穀物が三袋なのか四袋なのか。
労働が一日なのか三日なのか。
返したのか、返していないのか。
ここが揺れると、共同体の信用そのものが揺れます。
だから、数量化されるもの、あとで確認されるもの、誰かの義務や責任に関わるものは、記憶だけに任せるわけにはいかなかった。
文字は、こうした不安の中から必要になったのではないかと思います。
中国の甲骨文字も、この視点から見ることができます。
甲骨文字は、商王朝後期の王家による占いの記録として知られています。牛の肩甲骨や亀の甲羅に刻まれ、戦争、狩猟、病気、天候、収穫、祭祀など、王と共同体の判断に関わる内容が残されました。
これもまた、物語ではありません。
王が何を問うたのか。
占いの結果がどう出たのか。
その結果、戦うのか、祀るのか、待つのか。
そうした判断の言葉を、未来に残したものです。
メソポタミアの粘土板は、物資や労働や配給を逃がさないためにあった。
中国の甲骨文字は、占いの言葉を逃がさないためにあった。
対象は違います。しかし、消えてしまう言葉や判断を、物理的な媒体に固定して、未来の証拠にするという構造は似ています。
もちろん、世界中のすべての文字を一本の線で説明することはできません。
メソポタミア、エジプト、中国、メソアメリカなど、文字は複数の地域で、それぞれの条件のもとに現れました。インダス文字のように、用途がまだ確定していないものもあります。
それでも、最古級の文字資料に近づくほど、そこに見えるのは文学よりも、会計、管理、王権、祭祀、占い、記録の言葉です。
文字は、人間の心を自由にするために生まれたというよりも、人間の言葉を逃がさないために生まれた。
少なくとも、そう考えるだけの証拠はあります。
共同体にとって、最初の課題は生き残ることです。
生き残るためには、安全保障が必要です。安全保障とは、外敵から守ることだけではありません。食料を確保すること。労働を動員すること。分配をめぐる不満を抑えること。神や祖先の言葉を確認すること。誰が何を負っているのかを見失わないこと。
これらもまた、共同体の安全保障です。
文字は、そのための制度として生まれたのではないか。
私はそう考えます。
美しい説明は、しばしば人間の泥臭さを消してしまいます。
文字は、知性の勝利として語られます。文明の象徴として語られます。それ自体は間違いではありません。
しかし、文字が必要とされた現場には、もっと切実なものがあったはずです。
忘れるかもしれない。
ごまかされるかもしれない。
配分を間違えるかもしれない。
神意を取り違えるかもしれない。
誰が何を負っているのか分からなくなるかもしれない。
その不安が、文字を必要にしました。
だから私は、文字の発明をこう考えます。
文字とは、共同体が記憶だけでは信用を維持できなくなったとき、言葉と負債を未来へ固定するために生まれた制度である。
文字は、忘れないためだけではなく、逃がさないために生まれた。
そして次に問題になるのは、その文字が誰を縛ったのか、ということです。
最初に文字を持ったのは、管理する側でした。書ける者、読める者、記録を持つ者が、制度を握りました。
しかし文字は、一度制度になると、管理される者だけを縛るとは限りません。
記録された言葉は、やがて管理する者自身も縛ります。
その話は、次回に続けます。
