免罪符が売られたとき、救済は紙切れになった――ルターは、救済の信用先を教会から信仰へ移した
おはようございます。長坂総研です。
宗教改革の第2回目となる。
今回はマルティン・ルターの出番となる。
参考文献は
講談社学術文庫
「宗教改革三大文書」
マルティン・ルター 2023年刊
これは和訳ですが、一次資料に近いものを持つことに、今は価値を置いています。全部はとても読めませんw。原文も読むことはできませんが。
ルターのあとは、第3回としてカルヴァンを予定しています。

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宗教改革といえば、やはりルターである。
前回はルターの前に、ヤン・フスを見た。
今回は、いよいよルターを見る。免罪符とは何だったのか。なぜそれが、ヨーロッパ全体を揺らす問題になったのか。
宗教改革を、救済の信用がどこに置かれるのかという視点から見ていく。
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宗教改革を語るとき、マルティン・ルターを避けて通ることはできない。
1517年、ルターは「九十五か条の論題」を示したとされる。一般には、ここから宗教改革が始まったと説明されることが多い。
その中心にあったのが、贖宥状である。
日本では「免罪符」と呼ばれることが多い。厳密に言えば、罪そのものを金で消す札ではなく、罪に伴う罰の軽減に関わるものとされる。しかし、信徒の側から見れば、そこにはどうしてもこういう疑問が生まれる。
救済は、金で買えるのか。
ここにルターの怒りがある。
ただし、ルターの批判を「教会が金儲けをしていたから怒った」というだけで見ると、少し浅くなる。もちろん金銭の問題は大きい。教会の腐敗、ローマへの資金流出、聖職者の特権化。それらは現実の問題としてあった。
しかし、信用・負債制度起源論から見るなら、問題はもう少し深い。
教会は、救済の信用を預かる制度だった。
その教会が、救済に関わるものを証書として発行し、金銭と結びつけた。すると、信徒の目には、救済そのものが紙切れになったように見える。
救済を語る言葉は、本来なら行動で返済されなければならない。
信徒が罪を悔い改める。信仰を持つ。神に向き合う。共同体の中で生き方を変える。そうした行動によって、救済への道が開かれるはずだった。
ところが、そこに証書が入ってくる。
紙がある。印がある。金を払う。すると救済に近づいたことになる。
もしそう見えたなら、これは救済の信用が紙に置き換わったということである。
ルターが問題にしたのは、まさにここだった。
講談社学術文庫『宗教改革三大文書』に収められた「九十五か条の論題」の第一条で、ルターは、キリストが「信じる者たちの生涯すべてが悔い改めであること」を願ったと述べている。
ここで重要なのは、悔い改めが一時の手続きではないということである。
ただし、これは「悔い改めという行為によって救いを買う」という意味ではない。救われるために返済するのではなく、神の前に立つ者として、生涯そのものが悔い改めへ向けられるということである。
証書を買って終わるものではない。教会に処理してもらって終わるものでもない。人間が神の前でどう生きるのかという問題だった。
悔い改めとは、紙で済ませるものではなかった。
ここで、教会制度が預かっていた救済の信用が揺らぐ。
救済を保証するのは、教会が発行する紙なのか。聖職者の言葉なのか。ローマ教皇の権威なのか。それとも、神への信仰なのか。
ルターは、この問いを突きつけた。
ただし、この時点でルターの宗教改革思想がすべて完成していたわけではない。九十五か条は、後に信仰義認や教会権威批判へ広がっていく出発点であり、火種だった。
ここからルターの問いは、やがて信仰義認へと深まっていく。
人間は、教会に金を払うから救われるのではない。善行を積み上げたから救われるのでもない。教会の制度を通ったから救われるのでもない。神への信仰によって義とされる。
これは神学の問題であると同時に、制度の問題でもある。
なぜなら、もし救済が信仰によるなら、教会が救済の窓口を独占する根拠は弱くなるからである。
中世カトリック教会は、人の一生を包み込む巨大な制度だった。洗礼、告解、聖餐、結婚、葬儀。信徒は教会制度の中で生まれ、罪を告白し、赦しを受け、共同体に属し、死後の救済を願った。
その制度が、人間と神の間に立っていた。
ルターは、そこへ問いを差し込んだ。
神の言葉は、教会だけの所有物なのか。聖書は、聖職者だけが読むものなのか。信徒は、教会を通さなければ神に近づけないのか。
この問いが危険だった。
単なる腐敗批判なら、教会内部の改革で済んだかもしれない。だがルターの問いは、教会が救済を管理する仕組みそのものを揺さぶった。
ここで重要になるのが、ルターのいう「三つの砦」である。
九十五か条から三年後の1520年、ルターは『キリスト教界の改善について』の中で、ローマ主義者たちが自分たちの周囲に「三つの砦」を築いてきたと批判している。
その砦とは、世俗権力が教会を正そうとすれば、教会の力は世俗の力の上に立つと主張すること。聖書によって批判されそうになれば、教皇以外に聖書を解釈する資格はないとすること。さらに公会議で改革されそうになれば、教皇以外は公会議を召集できないとすることだった。
これは、救済制度の防衛壁である。
教会は、救済を語るだけではなかった。聖書の解釈も、制度改革の手続きも、自分たちを裁く権限さえも、自分たちの内側に閉じ込めていた。
教会は救済の窓口であると同時に、批判を受ける窓口も独占していたのである。
これでは、制度の負債は返済されない。
救済を語る制度が腐敗しても、その制度を誰が正すのか。聖書を根拠に批判しようとしても、聖書を解釈する権限は教会が持つ。公会議で改革しようとしても、公会議を開く権限も教皇が握る。
これでは、制度が自分自身を守るための仕組みになってしまう。
ルターは、その壁を壊そうとした。
ただし、これは信徒が勝手に好きなことを信じればよいという話ではない。むしろ逆である。教会の権威ではなく、神の言葉に従うという、より重い責任を信徒に戻すことだった。
ここで、宗教改革は単なる自由化ではなくなる。
よく宗教改革は、「個人が教会から自由になった出来事」として語られる。しかし、それだけでは足りない。
ルターは『キリスト者の自由』の冒頭で、キリスト者は「自由な主人」であると同時に、すべてに仕える「下僕」であると書いている。
これは、ただの自由宣言ではない。
教会制度から自由になるとは、好き勝手に生きることではない。神の前に直接立つことであり、その信仰によって隣人に仕える者になることである。
ルターにとって自由とは、負債から逃げることではなかった。
誰に対して負債を負うのかを変えることだった。
教会制度に救済を預けるのではない。神の前に立つ。そして信仰によって隣人に仕える。
ここに、ルターの宗教改革の大きさがある。
ルターは、教会の負債を拒否したのではない。
教会が作り上げた救済の管理制度を拒否したのである。
そして、救済の信用先を、教会から神の言葉と信仰へ戻した。
その結果、ヨーロッパ社会は大きく揺れた。
なぜなら、救済の窓口が教会だけでなくなると、教会と結びついていた政治秩序も揺らぐからである。
ローマ教皇の権威、神聖ローマ皇帝の権威、領邦君主の利害、都市の市民層、印刷業者、大学、説教者、信徒。ルターの言葉は、神学者だけのものではなくなった。
活版印刷によって、ルターの文章は急速に広がった。ここがフスとの大きな違いである。
フスの言葉は、火刑によって封じ込められた。
しかし、ルターの言葉は印刷によって増殖した。
制度が一人の人間を黙らせても、印刷された言葉までは簡単に焼けない。これは宗教改革における非常に大きな転換だった。
言葉が複製される。
批判が共有される。
教会に対する不信が、個人の違和感ではなく、社会全体の問いになる。
このとき、宗教改革は思想から運動へ変わった。
もちろん、ルターの宗教改革は純粋な信仰運動だけではない。
ドイツの領邦君主たちは、ルター派を支持することで、ローマ教会や皇帝からの自立を強めることができた。教会財産の問題もあった。政治的利害もあった。
宗教改革は、信仰だけで動いたわけではない。
しかし、信仰がなければ動かなかった。
ここを間違えると、宗教改革は単なる権力闘争になってしまう。逆に、政治や財産の問題を見なければ、宗教改革はきれいな信仰運動になりすぎる。
現実には、その両方が絡み合っていた。
信徒にとっては救済の問題であり、君主や都市にとっては支配と自治の問題でもあった。教会にとっては、自らの権威そのものが問われていた。
それぞれが別の未払いを抱えていた。
だからこそ、ルターの言葉は燃え広がった。
免罪符は、単なる紙ではない。
そこには、中世教会が抱えていた救済制度の矛盾が凝縮されていた。神の救いを語る制度が、金銭と証書によって救済を処理しているように見えた。
ルターはそこに怒った。
そして、問い直した。
人は、何によって救われるのか。
教会によってか。証書によってか。善行によってか。それとも、信仰によってか。
この問いが、宗教改革の中心にある。
前回のフスは、教会の負債を告発した。
今回のルターは、救済の信用先を動かした。
教会の証書から、神の言葉へ。制度の管理から、信徒の信仰へ。
もちろん、それですべてが解決したわけではない。
むしろ、救済の信用先が割れたことで、ヨーロッパは分裂していく。カトリック、ルター派、改革派、再洗礼派、イングランド国教会。信仰の違いは、共同体の違いになり、政治の違いになり、やがて戦争にもつながる。
宗教改革は、救済をめぐる信用の再配置だった。
ルターは、その再配置をヨーロッパ全体へ広げた人物である。
次回はカルヴァンを見る。
ルターが救済の信用先を教会から信仰へ移したとすれば、カルヴァンはその信仰を、共同体の規律へと組み込んでいく。
信仰は、心の中だけでは終わらなかった。
それは生活を変え、労働を変え、都市を変え、近代社会の形にまで影響していく。
