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なぜローマ帝国は、キリスト教を選んだのか――生き残りを賭けた皇帝候補と、消されかけた宗教

おはようございます。長坂総研です。






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ローマ帝国は、なぜ数ある宗教の中からキリスト教を選んだのか。

統治に便利だったから、信者が増えていたからという説明だけでは、人間の動機が見えてこない。

始まりにあったのは、生き残りたい皇帝候補と、迫害を終わらせたい宗教の欲が、結果として噛み合ったことではないか。

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なぜキリスト教だったのか

ローマ帝国には、すでに多くの神々がいた。

ユピテルもいれば、太陽神もいる。皇帝の勝利や帝国の繁栄を祈るだけなら、従来の神々で十分だったはずだ。

それにもかかわらず、コンスタンティヌスはキリスト教の神を自分の勝利と結びつけ、その後、教会を保護した。

なぜキリスト教だったのか。

四世紀初めのキリスト教徒は、帝国全体ではまだ少数派だったと考えられている。正確な割合は分からないが、すでに各都市には司教を中心とする教会組織があり、帝国を横断する共同体が形成されていた。

それでも、信者が多かったから選ばれたとは言い切れない。

また、コンスタンティヌス個人の信仰だけで説明するのも難しい。

夢や幻視の話が事実だったとしても、なぜ夢の中にキリスト教の神が現れたのかという疑問が残る。

必要なのは、彼の置かれていた立場から考えることだ。

安定した皇帝ではなかった

コンスタンティヌスは父の死後、軍隊によって皇帝に推戴された。

しかし当時の四帝統治制度では、皇帝位は単純な世襲ではない。軍からは最高位の皇帝として推戴されたが、中央の皇帝からは下位の皇帝としてしか承認されなかった。

つまり彼は、制度に守られた安定した皇帝ではなかった。

軍事的勝利、父の血統、婚姻、神の加護を使い、自分が皇帝である理由を作り続けなければならない挑戦者だった。

守勢に回り、他者の判断に自分の将来を委ねることもできた。

しかし格下の皇帝として従えば、皇帝としての将来は閉ざされる。そこで彼は敵地イタリアへ侵攻し、マクセンティウスとの決戦へ進んだ。

負ければ政治生命だけでなく、一族や支持者まで失う可能性がある戦いだった。

彼が必要としていたのは、単なる勝利だけではない。

既存の皇帝序列を覆し、自分こそが正統な皇帝だと示す新しい理由だった。

旧体制の神では、旧体制を覆せない

従来のローマ神や太陽神は、皇帝権と帝国秩序を支える神だった。

しかし、その神々は対立する皇帝も利用できる。

太陽神を掲げて勝っても、皇帝の一人が別の皇帝に勝っただけである。コンスタンティヌスだけの新しい正統性にはならない。

一方、キリスト教の神は、ディオクレティアヌス以来の旧皇帝体制によって迫害されていた。

教会は破壊され、財産を奪われ、信徒や聖職者が処罰された。それでもキリスト教共同体は消えなかった。

国家権力が滅ぼそうとしても、滅ぼせなかった宗教である。

コンスタンティヌスは、そこに自分と似た立場を見たのではないか。

自分も旧制度から完全には認められていない。敗れれば反逆者として消される。

キリスト教も旧制度から排除され、再び迫害されれば存続を脅かされる。

両者とも、今の制度の中では将来を保証されていなかった。

消される側の利害が噛み合った

コンスタンティヌスは、勝ちたい。生き残りたい。皇帝として認められたい。

キリスト教側は、迫害を終わらせたい。共同体を残したい。信仰を守りたい。

ここでいう同盟とは、事前に交渉して結ばれた密約ではない。

コンスタンティヌスと教会の間に、具体的な契約があったという証拠はない。誰が彼にキリスト教を示したのかも分かっていない。

しかし、両者が必要としていたものは噛み合っていた。

キリスト教の神が、コンスタンティヌスに勝利と新しい正統性を与える。

コンスタンティヌスが、キリスト教徒に保護と合法性を与える。

コンスタンティヌスは、こう考えたのかもしれない。

旧体制の神々は、皇帝同士の争いも帝国の分裂も止められなかった。

しかし旧体制が滅ぼそうとしたキリスト教は、それでも残っている。

ならば、その神に自分の将来を賭けてみる。

もし旧体制が滅ぼせなかった神に、本当に旧体制を覆す力があるなら、私を勝たせて証明してみせよ。勝たせたなら、その信徒を保護する。

そして彼は勝った。

勝利への返礼

勝利後、コンスタンティヌスは迫害を止めただけではない。

没収された教会財産を返還し、聖職者に特権を与え、教会建設へ資金を出した。

これは単なる信仰の自由ではない。

国家が奪ったものを返し、さらに教会を保護する行動である。

信用・負債制度起源論から見ると、未来への期待を生む言葉は負債になる。

コンスタンティヌスがキリスト教の神に勝利を求め、その勝利を神から与えられたものと受け止めたなら、今度は彼の中に返さなければならない負債が生まれる。

目に見えない神へ直接返すことはできない。

そこで返済先となったのが、その神を信じる地上の共同体だった。

教会の保護、財産返還、聖職者への特権は、勝利への返礼が目に見える制度へ変換されたものと読むことができる。

個人の欲が国家制度へ変わった

コンスタンティヌスが、最初からローマ帝国をキリスト教国家へ作り替える計画を持っていたとは考えにくい。

彼が行ったのは、まず迫害を止め、教会を保護することだった。

その保護によって、教会は財産、組織、社会的地位を拡大した。官僚や有力者もキリスト教へ入り、教会は帝国制度の中へ深く組み込まれていく。

多数派だったから選ばれたのではない。

皇帝が選び、保護したことで増え、増えたことで後戻りできなくなった。

約七十年後、テオドシウス帝の時代にニカイア派キリスト教が帝国の正統信仰とされ、その後の勅令によって国教制度が固められていった。

始まりにあったのは、完成された国家戦略ではない。

すでに帝国内へ広がっていた教会組織と、それを必要とした一人の人間の欲だった。

その欲を満たすため、コンスタンティヌスは、旧体制が排除してきた宗教へ自分の将来を賭けた。

勝利によって信仰が生まれ、返礼によって教会が育ち、その関係が国家制度へ変わった。

ローマ帝国がキリスト教を選んだのではない。
生き残りを賭けた一人の皇帝候補が、消されかけていた宗教へ賭けた。

国教化の始まりは、帝国統治の完成された計画ではない。

消えたくない二者の欲が結びついた結果だったのではないか。

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