夕刊・西尾スポーツ ローマ帝国がキリスト教を選ばなければ、中国が世界の中心だった疑惑
こんにちは。長坂総研です。
今日の朝から、キリスト教の歴史を信用・負債制度起源論で見るとどうなるか、という話を始めました。
全部で5回にわたる記事になる予定ですが、夕刊では少し横道にそれて、「もしキリスト教がローマ帝国の国教とならなかったら、世界はどうなっていたのか」を考えてみました。
世界史は、かなり違った風景になっていたと思います。
イスラーム教も今とは違ったでしょうし、アメリカによる世界覇権も、もしかしたらなかったかもしれない。
そして、その大きな分岐の第一歩が、ローマ帝国によるキリスト教の国教化です。
一つの宗教を帝国が選んだ。
その選択が、その後の世界史を大きく変えたのではないでしょうか。

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ローマ帝国がキリスト教を国教化しなかったら、世界史はどうなっていたのか。
西ヨーロッパをつないだ教会の力は弱まり、現在のイスラームも同じ形では成立しなかった可能性がある。
そうなると、世界史の重心は西へ移らず、中国と中央アジアを中心とするユーラシア内部に残っていたのではないか。
今回は、かなり大きな「もしも」である。
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世界史は、ローマ帝国の選択で曲がったのか
キリスト教は、最初からヨーロッパ全体を支配していたわけではない。
大きな転換点になったのは、ローマ帝国がキリスト教を公認し、最終的に国教化したことである。
これによってキリスト教は、単なる宗教共同体から、帝国全域に教会組織を持つ巨大な制度へ変わった。
重要なのは、その後だ。
西ローマ帝国が崩壊しても、教会は残った。
ローマ法やラテン語、都市、行政の記憶そのものが教会によって作られたわけではない。それらはローマ帝国の遺産である。
しかし、その遺産を国境を越えてつなぎ続けた大きな組織の一つが教会だった。
宗教、教育、記録、土地管理、そして国王の正統性まで扱う。
もしローマ帝国がキリスト教を選ばず、教会が帝国規模の組織になっていなければ、西ローマ滅亡後のヨーロッパを横断する共通のネットワークは、かなり弱くなっていた可能性がある。
ヨーロッパは消えない。ただ、まとまり方が変わる
もちろん、キリスト教がなければヨーロッパ文明そのものが消える、という話ではない。
ゲルマン諸王国も存在するし、ローマの法や技術も残る。都市も商人も生まれる。
人間がいる以上、国家も戦争も商売も続く。
ただ、西ヨーロッパを一つの文明圏としてつなぐ共通宗教と教会組織が弱ければ、各地域はもっと別々の方向へ進んだかもしれない。
教皇と国王の争いもない。
十字軍もない。
宗教改革も、イギリス国教会もない。
少なくとも、現在われわれが知っている形のヨーロッパ史にはならない。
イスラームも、今と同じ形では生まれない
さらに大きいのがイスラームである。
イスラームは、ユダヤ教とキリスト教の系譜を引き継いで成立した。イエスも重要な預言者の一人として位置づけられている。
だから、キリスト教が帝国規模に広がらず、中東世界で現在ほど大きな宗教になっていなければ、後に成立するイスラームも同じ教義、同じ歴史にはならなかった可能性が高い。
もちろん、アラビア半島から別の宗教運動が生まれる可能性はある。
一神教そのものが消えるわけでもない。
ただ、現在の世界人口の大きな部分を占めるキリスト教とイスラームという二つの巨大宗教が、同じ形で世界を覆う可能性はかなり下がる。
ここまで変われば、地中海世界、中東、ヨーロッパの歴史も大きく変わる。
では、その世界で最大の中心候補はどこになるのか。
中国は、すでに巨大な中心だった
最有力候補は中国だろう。
中国には巨大な人口、農業生産力、文字、官僚制、都市、技術があった。
特に唐や宋の時代、中国は当時の世界でも最大級の経済・生産の中心だった。
ここで重要なのは、「中国が世界を征服する」という意味ではない。
中国王朝は、遠く離れた土地をすべて直接統治するより、中国本土を安定させる方が合理的だった。
巨大な人口と生産力を国内に持っているため、外部をすべて征服しなければ生きられない国ではない。
周辺には朝貢を求め、秩序の外側に置く。
直接支配より、必要な関係だけ結ぶ方が安く済む。
だから中国は、世界帝国になるというより、巨大な生産と制度の中心として存在し続けた可能性が高い。
中国が心臓なら、モンゴルは血管だった
しかし、中国だけではユーラシア全体はつながらない。
そこで重要になるのが、中央アジアとモンゴルである。
モンゴル帝国は、中国、中央アジア、イラン、ロシア方面を一つの巨大な交易圏へつないだ。
モンゴル自身が巨大な生産地だったわけではない。
しかし、人、物、情報が大陸を移動する回路を支配した。
中国が巨大な心臓だとすれば、モンゴルは大陸全体へ血を送る血管だった。
ただし、モンゴル帝国にも限界はある。
征服して奪い、それを分配することで内部の信用を維持する制度は、拡張している間は強い。
しかし、拡張が止まり、分配するものが減れば内部の争いが増える。
実際、モンゴル帝国は一つの巨大国家として永遠に続いたわけではない。
だから、モンゴルが世界を支配し続けるというより、モンゴルが作った道の上で、中国、中央アジア、イランなどの勢力が競争する世界の方が考えやすい。
では、ヨーロッパは海へ出なかったのか
ここは簡単ではない。
キリスト教がなくても、ヨーロッパの人々が海へ出る可能性はある。
金銀が欲しい。交易したい。遠くの商品を直接手に入れたい。
欲は宗教がなくても存在する。
航海技術が発達すれば、大西洋への進出も起こり得る。
ただし、現実のヨーロッパで起きた国家間競争、宗教的対立、東方交易への直接参加を求める圧力などが、同じ形で存在するとは限らない。
スペインやポルトガルが同じ時期に同じ理由で海へ出たとは限らず、ヨーロッパが世界史の中心になる時期は、かなり遅れた可能性がある。
大航海時代そのものが消えるのではない。
ただ、別の国が、別の理由で、別の時期に始めたかもしれない。
世界史の中心線は、もっと東に残ったかもしれない
この世界では、古代ギリシャ、ローマ帝国、キリスト教、宗教改革、大航海時代という流れが、現在ほど世界史の中心にはならない。
中国の巨大な生産力と官僚制。
そして、それを西へつなぐ中央アジアの交易路。
世界史の重心は、西ヨーロッパへ移るより、ユーラシア内部に長く残った可能性がある。
もちろん、これは仮定の話だ。
キリスト教がなければ平和だった、という話でもない。
戦争も支配も、別の王、別の神、別の正義を掲げて起きただろう。
人間の欲まで消えるわけではない。
それでも、ローマ帝国がキリスト教を選んだことが、その後の世界史の方向を大きく変えた可能性はある。
中国が世界最大の中心となり、中央アジアが世界をつなぐ。
もしローマ帝国が別の宗教を選んでいたら。
私たちが今読んでいる「世界史」は、かなり違う教科書になっていたのかもしれない。
発行:長坂総研
編集:西尾世界史編集部
取材協力:脳内歴史学会、ChatGPT
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