原点は、前に進んだ先で見つかることがある。
先日、知人に紹介された占い師さんに言われた。
「あなた、言葉の星が出てるんだけど。」
言葉の星。
そんなものが本当にあるのかは分からない。
けれど、その言葉は妙に胸に残った。
帰宅してからも頭の片隅に引っ掛かっていて、何となく昔の荷物を漁っていたら、一冊のノートが出てきた。
小学生の頃に書いていた詩のノートだった。


ページをめくる。
驚くほど幼くて、拙い。
でも、どこか懐かしかった。
そのノートの中には、上手くなりたい私ではなく、ただ表現したかった私がいた。
誰かに評価されるためでもない。
役に立つためでもない。
ただ、自分の中に生まれた何かを言葉にしてみたかった。
それだけだった。
思えば私は昔から、人間そのものに興味があった。
なぜあの人は泣くのだろう。
なぜあの人は強く見えるのだろう。
なぜ同じ景色を見ても、感じることが違うのだろう。
そんな答えのないことばかり考えていた。
写真が好きなのも。
歌詞を読むのが好きなのも。
歌謡曲を何十年も前の曲まで知っているのも。
服の色合わせに惹かれるのも。
結局は全部同じなのかもしれない。
見えない感情に形を与える行為が好きなのだ。
人の心は曖昧だ。
嬉しいだけじゃない。
悲しいだけでもない。
人はいつだって、言葉にならないものを抱えて生きている。
だから私は、整いすぎた答えよりも、少し欠けた表現に惹かれる。
綺麗すぎる器より、歪みの残る器に手が伸びるように。
人間もまた、不完全だから美しいと思う。
最近、小説を書いてみたいと思うようになった。
物語を書きたいというより、人間を書いてみたいのかもしれない。
強さの裏にある弱さや、
優しさの裏にある孤独や、
誰にも見せない傷跡のようなものを。
遠回りをした。
自分に向いているものを探して、いろんな場所を歩いた。
けれど原点は案外遠くにはなかった。
子どもの頃に夢中で書いていた一冊のノートの中に、ずっと置き去りにしていただけだった。
原点とは、出発点ではないのかもしれない。
人生を一周したあとに、
ようやく意味が分かる場所なのだと思う。
