【私を看護する124】カマキリにツッコミをした穏やかな眠り
私は、ここ最近街歩き、引っ越し作業と
思いの外、動いていた。
昼寝もしないで活動できた。
実家に引っ越してからは眠剤を使わず入眠できる。
しかし、疲れが出たのか、
この日は過眠傾向になった。
この日は、5時30分、ベランダで物音が聞こえて起床。
母が玉ねぎを落としたようで、
窓を叩く音が聞こえた。
再度寝ようとしたが、
眩しい太陽で目が覚めたので、両親と共に朝食をとった。
その後,ベランダにある花たちを手入れして
ストレッチをした。
外の空気を吸いながらストレッチするのは、
案外気持ち良い。
部屋に戻り、観葉植物の手入れをした。

そのまま、皿洗い、家の拭き掃除、掃除機がけ、
水回りの掃除、布団を干すなど動いた。
両親も、仕事へ出かけていた。
私の仕事は家事だが10時前には終わった。
部屋の窓を開けると涼しい風が入って来た。
少し雲行きが怪しくなったので、
布団は入れておいた。
ふかふかの布団にくるまり、
そのまま、うとうと眠ってしまった。
気がつくと13時ごろになっていた。
昨日作った、お好み焼きを食べた。

広島お好み焼きで昔からバイトしていたらしい。

初めてのたこ焼きパーティ。
昔はお好み焼きを夜ご飯で食べてたなぁと思い出した。
その後、テレビ録画で名探偵コナンを見た。
父がコナンだけはなぜか撮ってくれている。
好きなのを知ってるのだろう。
プリキュアとコラボ回を見れた。
親というのは、昔好きだったものを
今でも好きと思って接してくれる。
ふと、外を見ると鳥が電線にとまっていた。

昨日の今頃は、母と散歩がてら徒歩10分のスーパーに行ったなぁと思い返した。
その時,幼馴染の母に数十年ぶりに道端で再会した。
「無職で、出戻りです。」と私は笑顔で伝えると
同級生の母は「ゆっくり休むのがいいのよ、1、2年ちょっと休んだって全然大丈夫!」と言ってくれた。幼馴染も実家を拠点に過ごしていることが分かった。
意外とこの街に、残ってる人がいたんだなと思った。昔からの友達がまだいる、昔から知ってる大人がいる街…
なんだかんだ,ホッとする。



温もりを感じた昼下がりになった。
そんな気持ちでいたおかげか、
私は、また眠くなった。
14時くらいにベッドに横になって
昼寝をした。
その時、変な夢を見た。
簡単に言えば画像の通りだ。

とにかく、
マツコデラックスさんが出て来たのと
青い魚(イラブチャーみたいな)が印象的なのと、
白い鳥の親子とカマキリが一緒にいて、
カマキリに「そこにいてええんか」とツッコミ、
目が覚めるという摩訶不思議な夢だ。
でも、平穏な夢だよね。
昔は、
歯が抜ける夢
遅刻する夢
職場に飛行機が墜落する夢
そんなものばかり見ていた。
私の夢に鳥や魚、虫、海など自然が出てきはじめたのもある意味リラックスして来ているのかもしれない。
それよりも、脳は面白い。
私は青い魚もマツコデラックスさんもカマキリも白い鳥も見てないのに、夢で出て来た。
情報処理というのは面白い。
夢は、一種のオチのない映画だった。
でも、青い魚も白い鳥もカマキリも、
どこか平和だった。
そんな夢を見るくらいには、
私は少し休めているのかもしれない。
気がつけば17:30になっていた。
前なら、寝ていた自分に嫌悪感もあったが、
「しっかり眠い時に眠れる行動を取れて偉い」
と、思えるようになった。
夕食作りとお風呂を沸かす。
洗濯物を取り込んで片付けた。
肉じゃがが出来上がった頃、
両親は帰ってきた。

母は拝むように「いただきます」と言った。
父には冷えたビールグラスを用意した。
父はビールを飲み、
「退職願を書いて来た」と言った。
今年で65歳。
辞めるのは12月末。
もう退職願を書くのかと驚いたが、
私と母は
「40年以上働いたのだからね,お疲れ様」と言った。
父は、私に向かって
「お前と共に去りぬ。」
と笑いながら言った。
ツッコミ待ちをしているような様子で
私を見てきた。やはり、関西人だ。
「親父も94歳だし、いつどうこうなってもおかしくない。1人でいかないように一緒に過ごすのが親孝行かな」と続けていった。
母も私も
「会える時にあった方がいい」と言った。
食べ終わり、少し休んでお風呂に入った。
体を拭いている時に、母がやって来て
またドタバタ何か始めた。
夜は21時から22時には、眠気が来る。
昼、あんなに寝ていたのに。
でも、良いのかもしれない。
自分のペースではなくなるし、
鬱陶しいこともあるけれど、
どこか安心があり、話すことで
ここにいていいと思える。
それが、実家だ。
